あなたと約束




ボーダーは案外平和なのだな。

人目も憚らず大声で喧嘩し合う男二人に、私はそれこそ平和にそんな感想を抱いていた。二人とも戦闘センスはずば抜けているが、その分少し常識が欠けている。ぼんやり大学時代の真史の天然ぶりを思い出していると、キッとその真史の鋭い眼光で睨まれた。やれやれ。わざと芝居がかった仕草で肩をすくめて見せた。


「先輩からも言ってやってください!」

「___さん!この頭の硬い忍田さんを黙らせてくれ!」

「……私を取り合うのは結構だが、少し落ち着きなさい」

「取り合ってません!」


ほぼ反射で答えたのだろう真史の怒鳴り声を尻目に、慶は見せつけるように私に抱き付いてきた。はあ。事の発端は思い出すのもバカバカしい。

ボーダーに対する国からの補助金の増減検討に伴う視察が終わり、唐沢君が車を手配してくれている間に慶に見つかってしまったのだ。飲みに行こうと犬のようにじゃれてくる慶に、まあ良いかと頷いたそのとき、真史の怒号が響き渡った。非番なのに学校はどうした、と。大学生だから空きコマもあるだろう、と助け船を出すとバッと目の前に一枚の紙を突き付けられた。……時間割表だ。無論慶のである。

そこから、今から学校に行っても遅いだとか、そういう問題じゃないだとか押し問答が始まったのだ。まあ面白いので放っておいても良いのだが、そろそろ唐沢君も来るだろうし、ボーダーの皆様にも迷惑だろう。


「…慶、この授業の出席日数は足りているんだね?」

「ああ!」

「ギリギリだろう!」


眩しい笑顔で私に擦り寄る慶を、般若も逃げ出しそうなほど凶悪な顔をしている真史が首根っこを掴んで引き剥がす。首が締まっているぞ。


「足りているならば良いだろう。そんなに怒るものではないよ」

「なっ、無責任なことを言わないでください!」

「___さん愛してる!」

「慶、次からはきちんと行きなさい。それが出来たら飲みに行くとしよう。今日はお預けだ」

「えええーっ」


年甲斐も無く頬を膨らませて拗ねたフリをする慶の頭を撫で、出来るね?と微笑めば顔を赤くして頷いた。ちょろい。いつかの真史を思い出させる。そういえばあいつもすぐ私の甘言に騙されていたな。


「…全く、貴方がそんな風に甘やかすから慶が甘ったれるんです」


真史が私を咎めるように見やる。何だろうか。このような場面に見覚えがある。妙な既視感に頭を捻っていると、揶揄うような声が聞こえた。


「まるで夫婦の会話ですね。太刀川君が手の掛かる子供で、___さんがお父さんで、忍田本部長がお母さん」

「な…っ!」


戻ってきた唐沢君の言葉に真史の顔にサッと赤が滲む。ぐ、と恥ずかしそうに唇を噛む仕草がいじらしい。そういえばその仕草は情事の時にもよくしている。私がその仕草が好きなのを知っているのだろうか。くい、と顎を掬うと真史の瞳が揺れた。相変わらず綺麗だねお前は。


「ああ、妙な既視感はそれか。唐沢君にはそう見えたそうだよ真史?」

「何を、馬鹿なことを…!」

「それいうなら、俺が___さんの奥さんで忍田さんがシュウトメじゃない?」


ね?と慶が私と真史を引き離してから擦り寄ってくる。真史は呆れているのかため息をひとつ吐いた。その目尻は未だに赤いのだが、優しい私は知らないふりをする。


「なるほど、言い得て妙だな」

「……もう結構です。早くお帰りください」

「ははは。そう怒るな。次は真史の為だけに来るとしよう。お前は私に構われないと拗ねるからね」


お好きに、してください。

やけにしおらしい言葉を口にするな、と驚くがすぐに口元が緩んでしまう。ああ、これだから真史は手放せないのだ。乗り込んだ車の窓ガラス越しに見える真史の冷たい瞳には確かに、熱が燻っている。


「楽しそうなのは結構ですが、補助金の方も宜しくお願いしますよ___さん」

「……唐沢君、やはり私の部下にならないか?」


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