D灰夢 | ナノ
8.『 嗚呼、視界から消えることの無いアカイロを 』

――激しい轟音と共に色づき始めた世界の中に見たのは、悲しき存在だった



そして、知らず内に恐怖を漏らす私の声は酷く掠れていた様にも思え


「な…に、此れ…何なんだよ…」


まっかなまっかな血にぬれた わたしのてがみえて


「―――ッわあぁああぁ!」









「俺が気がついた時は既に人なんか居なくて、生きてたのは俺と離れた場所に倒れてたクロトとリンくらいだった」


彼女達にとって、此の世界に来たという話が本当ならば今話している事が此方側に来てから初めて見た光景であるという事に気がつく。コムイは静かにマグカップへと口をつけてコーヒーを軽く啜り、僅かに下げていた視線を再び彼女へ向けた。

ネオンは一度も冷静さを保った表情を崩す事無く淡々と語り続けている。


「どうして其の初めて見たという街の中に人が居ないってわかったんだい?」

「……見た、からさ。街中を歩き回ったよ、本当隅から隅まで見たのに誰も居なかった」

あったのは、見た事のない街に広がる屍とアクマの残骸。そして血の海。


「世界が如何にかなってしまったのかと最初は思ってた、でも疑えないんだよ。俺の手についた血の色がさ」


そう言って、ネオンは静かに瞼を下ろし自分の両手の平を開き見据えた。

表情を一切変えなかった彼女が急に僅かな影を落とした事が気にかかり、コムイも自然とネオンの手元に視線を向ける。

其処にあるのは確かに色白く、しかし彼女と同じ位の女性からすれば些かすらりと伸びた綺麗な手。今は当たり前の事なのだが真っ赤な、禍々しい人間を狂気に陥れる血などは付いていない。

しかし彼女の脳裏には浮かんでいるのだろう。その、『まっかな血にぬれたて』が。

「それに、俺だけが其処に存在している様だった。クロトやリンが眠っているだけ、というのはわかりきってたのに」


世界が静寂に紛れてた


「探し回ったよ、自分以外に今此の光景を見てる人が居ないか。誰か、居ないかって」



それでもみえたのはまっかな血


「街の、中央辺りだったか。十字架のオブジェが飾られた広場に行った後「嗚呼、行かなければ良かった」と今でも思ってる」


其処で初めて、ネオンは顔を辛そうに歪めたのだ。

眉を顰め、視線を手元の更にその最奥を見つめるかのように下げて強く、俯いた。





「其処、で。人……殺した」


脳裏に蘇るのは微かに降り出した雨の中に散る鮮血。


「正当防衛だと、自分に言い聞かせ続けた」


『こうするしかなかったッ…』


「そこで、俺は初めて師匠に会ったんだ」






どこかに行けば誰かが救ってくれると思ってた。

唯ずっと、かけがえの無い親友をこんな血と屍ばかりが広がる場所に居させたくもないと思ってた事もあったけど。

未だ起きない二人を背負って、ずっと初めて見る街中を歩き続けた。何度も迷って、何度も躓いて扱けたり、何度も右手に走る原因不明の痛みに顔を歪めたり。

そうなることで、確かに自分は居るんだとは思えた。

見た事の無い、見知った場所じゃないこの世界の中に。


「……つッ…痛…」


どうやら、歩き続けたせいか脚がとうとうやばくなってきたみたいだ。

それに二人を背負ったままだったから、慣れない事をすれば身体が悲鳴を上げ始めるのは仕方が無い事だろうな。

血は出てなかったけど、今まで見た事も無い程足首なんか赤く腫れ上がって触れるだけでも凄い痛かった。

でも、こんな場所で立ち止まってたら何も進めない。

格好良いコトなんていうつもりじゃないさ、そうしないと大切なクロトとリンを失ってしまいそうで怖かっただけだ。自分が酷いことになるなんて構わない、私なんかどうなって構わない!だから二人だけでも誰か助けて!!


叫びにもならないコトバを心の中で叫んで、泣いて、ただ歩き続けた。何でそんなに辛いのに顔に出さないんだって?当たり前だろ、こんな格好二人には見せられないんだよ。

少しくらい、強がってみたかっただけなんだ(バカだ、って思っただろうな)



そして幾ら歩いただろう。もうへとへとで、視界が霞んできた。右手の痛みも、無いなぁ。起きない二人の身体を静かに背負い直して、また少し歩けば不意に上げた視界の中に十字架が見えた。

相変わらず血と屍、そして何かの残骸が足元に広がっていたけどそれを踏まないように其の十字架を目指す。

別に、キリスト信者というわけでもないさ。でも、何故か此の血の赤と屍の青白さと、残骸の黒が混じる景色の中で薄汚れたそれが綺麗に見えたから。其れに近付けば、灰色に曇り始めた空からまだ僅かに零れ出す光を受けて瞬く十字架は大きかった。

普通に大きさとしても、存在。としても。

私は二人を其の十字架のオブジェに寄りかからせる様に静かに下ろした(罰当たり?寧ろ、そうする事で二人が助かる気がしたからだよ)

未だ目覚めることの無い二人、確かに存在は此処に在るのに。何でこうも淋しいんだろう。もしかして、この原因もわからない淋しさは此の世界から私が消えてしまうというサイレンなのか。

温もりを求めたいから、だからかな。


「ひッ…」


急に人の声が聴こえた、久しぶりの、ちゃんと生きてる人だ!

私は喜んで勢い良く立ち上がり、その遠くから私を見ている男性を見た。でも、その男性は何故か私を見て酷く顔を真っ青にしてる。

何でだよ、私は何もしてないよ?と少々苛立ちを覚えながらも、ゆっくりと一歩ずつ歩を進めみる。

するとどうだろう、


「くっ、来るな化け物ッ!」


冷たく、綺麗に光る銃を向けられた。その銃口の先は勿論、(わたし)

何もしてないよ、見知らぬ地に落とされた私達の方が助けて欲しいんだ。その危ない物を下げてくれ。

     
「何、言ってんですか……?」

「…ッ近寄るなぁあ!」


――発砲された音と同時に訪れたのは、脚を貫く熱い痛み。

「―――…うぁッ?!」


痛かった、本当に痛かった。

受けたことも無い激しい痛みに、止め処なく曝け出された傷口から流れ出す深紅の血。

どれも見た事も経験したこともなかったから、信じられなくて。


「お前が此の町をこんなにしたんだろうッ…俺の家族を返せ!」


わ た し が こ の ま ち を ?何を言うんだこの人は、


「――何言ってんですか!私はまだ何もしてないッ、何も知らないんだよ!」

「黙れ!私は見たんだ、お前が巨大な鎌を狂気の笑みを浮かべて奇怪なる物体を次々と壊していったのをッ」

「………鎌…?こわし、た…?」

「そうやって俺の家族も殺したんだろ!お前の手が証明してるんだッ!」



この、まっかなまっかないろのげんいんってそうだったのかな



目の前に突きつけられた銃口がとても怖くて、酷く冷たくて。ああ、このまま撃たれたらどうなるんだろ私?クロトとリンを残して、死んじゃうのか。

いやだ、いやだ誰か助けてまだ死にたくないよッ

どうして私が死ななきゃならないのッ まだ、やらなきゃいけない事はあるのに!


「――――……死にたくないんだッ!!」




気がついたら雨が降ってた。

さぁさぁと降っていた筈の雨も何時の間にか強さを増して、自分の手を眺めてた私の身体を冷やしていく。ゆっくりと、視線を上げれば少し離れた場所に見えたのはさっきの 人だったモノ。

まっかな、まっかな血を流してもう動かないし喋らない。つい、信じられなくて立ち上がりその人の肩にそっと触れて、揺すってみた。

「……、ねぇ………」

何も返さない。

「うそ…だよな……」


もう息を吹き返さない。


「これの、せい…で…」


右手に在るのは、真っ黒い大きな刃を持った鎌。そしてそれに付いた、まっかな血。



「―――ッわあぁああぁ!」



強い、強い雨の中だった。



まだ死んだように眠るクロトとリンはあのオブジェのお陰だろうか、雨に濡れていなかった。よかった、風邪ひかないなこれで。私の身体は酷く冷え切って、もう脚や腕にも感覚がない。ああ、死んじゃうのかやっぱ。

だったらどうして私はあの男性を手にかけてしまったのだろう、私だけが死んでしまえば、男性は生きてたのに。


地に座り込んだ格好のままでずっと、ずっと手に視線を落としてた。いくら雨に濡れたって流れ落ちてくれない血とその臭い、が酷く気持ち悪くて。

どうしてだろう、疲れたのかな。視界が霞んで、眠くなってきた。


このまま眠れば夢、と思いたいこの世界は覚めるのかな。覚めれば、良いな。ゆっくりと閉じかかった思考の中に、雨の音に紛れてコツコツと規則正しく靴音が聞こえた。

静かに顔を上げれば、霞んだ視界に滲んで見えたのは綺麗に瞬く銀色の髪。背の高さからして、大人の人だとはわかった。でも、どんな顔の人なんだろう。(見えない、や)

「……大丈夫か?」

何が、と問い返したかったけれど声が出なかった。

私が静かに顔を歪めて俯けば、ふわりと優しい香りと共に温かな感触が降ってきた。

「…辛かった事が、あったんだな。俺でもわかるよ」

どうして、この人は何があったか言ってもないのに私の心の中を読み取ったかのように話を進めれるの?

それさえも問いかけることが出来ずに、自然と眼に涙が溜まってきた。ああ、恥ずかしいな。

「強く、なりたいか?何をも超えることが出来る、誰かを守る力を手に入れて」


そのコトバに、何かが吹っ切れた。

嗚呼、過ちを犯してしまったのなら悔やんでるだけじゃなく、正せるように。報えるように進めば良いんじゃないのかな。まだ、守るべき存在ならあったじゃないか。この世界の中で唯一心の許せる、親友が。


「…なりたいにきまってる…もう誰も殺さないような、殺したくないし助けられるようになりたいさッ!!」

「そうか、」


突然叫んだ私に驚く事も無く、銀髪の男性はふわりと優しい笑みを浮かべて静かに私の右手を取った。

其処には、見た事も無い十字架型の何かが埋まってた、文字通り、埋まってたんだ。

其れに軽く口付けを落とした男性は、ふ――と静かな笑みを消して私の眼を見据えてこう紡ぐ。




『  エクソシストに、ならないか? 君には資格があるんだ、異界のお嬢さん  』




まっかな、でも禍々しい赤じゃなくまるで夕日の様に綺麗な紅色の瞳を柔らかく細めて言ったんだ。



彼の名は後にレイス・オビルニアンと知った。

同時に、私達はやっぱこの世界の人間じゃないんだと


でも、不思議と悲しくも何とも思わなかった   生きることが、できるのだから






「これが、俺の覚えてることだよ」


一通り彼女が話し終えた頃には既に室内の空気は異様な物に変わっていた。

話した内容が暗かったから、というのも理由に含まれるか定かではない。しかし、彼女は確かに伝えきった。辛かった筈だろう、苦しいだろうとも思える話の内容を。

コムイは静かにマグカップをテーブルの上に置き、ネオンを見据えると小さく笑みを零す。


「ありがとう、辛い事聞かせてくれて。お陰でどういう経緯で君が此処にいるのか、少しはわかったよ」

「いや、俺も誰かに話す日は何時か来るだろうってわかってたから別に良いよ」


そう言いながらネオンは立ち上がり、室内から出る直前に振り返り僅かに笑みを浮かべた。


「此方こそ、助かった」


柔らかで、でも少し悲しい笑みを残し彼女は部屋の外へと消える。

バタン、とドアが閉まる音が余韻を残し僅かに室内へと響き渡った。コムイはゆっくりと椅子に身を預け、テーブルに置いていたマグカップを手に取り口をつけながら少し眼を閉じる。

脳裏に浮かんだのはやはり最後に見た彼女の笑み。それは矢張り何処か、何かが欠けてしまった悲しい笑みでどうも脳裏から消えそうに無いようだ。

小さく息を吐いてから聴こえないであろうが、彼女に対して言葉を送ろう。


「今夜は、ゆっくり休んでおいて」


僕も、見守れる限りは守るから






                                     2006.9/29



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