3






「ねえ。そういえば、ヴィオちゃんはプレゼント何にしたの?」

 視線は手元へと落としながら、傍にいるヴィオレットへと話しかけるライラ。流石料理が得意なだけあり、口を開いたところでその動きには全く淀みが無い。だが、いくら待っても答えをくれる筈のヴィオレットから反応が返って来ない事を不審に思ったライラは、一旦手を止めて顔を上げる。何か手間取っているのなら手伝おうと考えての事だ。だがそんなライラの心配を余所に、ヴィオレットは特に困っている様子はなかった。それどころか、手は完全に止まっており、視線はどこかを一心に見つめている。
 ライラは、ヴィオレットが手元を疎かにするほどに心を奪われるものが何であるかを確認するかのように、その視線を辿る。するとその先にいたのは、ケーキに使う生クリームを泡立てて貰っていたアルテミシアと、その傍らに立つオリオンの姿が。二人は何事か楽しそうに話しながらケーキの飾り付けをしている最中だった。そこに何ら不審な様子は見受けられない。それどころか、オリオンがいるならば自分達が気を付けていなくても良さそうだとさえ思う。ライラは再びヴィオレットへと視線を戻し、目を瞬いた。
 ヴィオレットは熱の篭った眼差しで、ただひたすらそんな二人を見つめていた。その瞳に確かな羨望が宿っている事は、容易に見受けられ。ライラはそんなヴィオレットの様子に戸惑いを覚え、だがすぐにそこに答えを見出し笑みを浮かべた。

「ヴィオちゃん!」
「え!?あ、ライラさん…えっと、何ですか?」

 少し強めに名を呼べばヴィオレットの肩が揺れ、漸く反応が返ってくる。振り向いた彼女はやはりどこかぼんやりとした眼差しをしていた。だがライラの姿を認めた途端、それは急速に薄れ理性の光が戻ってくる。先程までの事が嘘のように何事も無く作業を再開するべく手を動かし始めたヴィオレット。そこに数瞬前までの空気は欠片も存在せず。だが、それを目撃してしまった今、それはライラの勘違いなどではなかった。
 ライラは暫しの思案の後、いい事を思いついたとばかりに手を打つ。そして、まだ途中だったそれに猛然と取り組み始めた。もう既に下ごしらえの大半は終わっている。後はオーブンで時間までじっくりと焼くばかりだ。
 準備万端のオーブンに手早く詰め、扉を閉めると一仕事終えたようにかいてもいない汗を拭う仕草をしながら息をつく。これで大半は完了した。あとは…
 ちらりと隣を伺えば、ヴィオレットは常と何ら変わらぬ様子で淡々と作業を続けている。その進行具合を見る限り、そちらもそろそろ手が空きそうだ。ライラの瞳がおもちゃを見つけた子供のように輝く。何かを企んでいる事など一目瞭然だったが、生憎手元に集中していたヴィオレットはそれに気付いた様子は無い。
 そうこうする内に、ライラの予想通りヴィオレットの手が止まる。盛り付けの形に不備が無いかを確認するヴィオレットの眼差しは真剣そのもので。一通りの確認が終了し、満足気に息を吐いた。脳裏に浮かぶのは、この料理を嬉しそうに頬張る姿。何を作るかと考えた折、この料理を初めて食べた時の彼の嬉しそうな笑顔が浮かンだ為作る事にしたのだという事実は、ヴィオレット以外知る由も無かった。

 ライラは、料理を見つめるヴィオレットの眼差しに含まれている色に何を確信したのか一人頷くと、料理から顔を上げ満足気に息を吐いたヴィオレットに歩み寄り、唐突にその手を掴んだ。突然の行動に反射的に逃れようとするヴィオレットの手を強く握る事で押し止めると、戸惑うヴィオレットの顔を下から覗き込み、満面の笑みを浮かべた。

「ねえヴィオちゃん。ちょーっと休憩しよう?」
「え?でも…」
「だーい丈夫。もうほとんど終わりじゃない。後は、あっちが終わるの待つだけなんだし」

 ね?と小首を傾げて見せれば、そこに含まれる意図に気付いていないヴィオレットは困惑を露にライラの眼差しを受け止め。次いで辺りへと視線を移した。それぞれ担当を決めて散らばった為、其処此処で作業を続ける者達の姿が視界に映る。確かに厨房内の空気はどこかゆったりとしていて。立ち振る舞う者達の中に、気忙しさを感じる事は出来なかった。ならば、

「そう、ですね。では少しだけ」

 朝からずっと立ち仕事ばかりだったので、少し腰を下ろしたいと思ったのも事実だった。

「そうこなくっちゃ」

 漸くもぎ取った了承の言葉に、にっこりと笑うライラ。そのまま、握っていたヴィオレットの手を引くとどこかへと歩き出した。その場で休むものと思っていたヴィオレットはそんなライラを訝しげに見つめ。だが何か考えがあっての事なのだろうと、特に逆らう事なくその後ろを付いて行く。

「あ、ローランサン。私達とお茶しない?」
「は?ああ、別に良いぜ」

 どこぞのナンパ男のような調子で丁度傍を通ったローランサンについでとばかりに声をかけ、特に反発も無く返って来た了解の声に、益々笑みを深め。そのままローランサンも連れて目的の場所へ。

 一方、何とか恰好が付いたケーキの前でオリオンと二人満足気に笑っていたアルテミシアは、向かってくるライラ達に気付いて目を瞬かせた。オリオンはというと、何となく嫌な予感に思わず半歩後じ去る。ライラの眼差しが、まるで獲物を見つけたかのように輝いて見えるのは己の気のせいなのだろうか。そんなオリオンの心中など知らず、アルテミシアは暢気に笑っている。
 そうこうする内に、ライラ達はすぐ目の前まで迫っていて。こうなったら恐らく逃げられはしないのだろうと悟ったオリオンは、刑を待つ囚人のような面持ちで彼女等を迎えたのだった。


 目の前で繰り広げられる光景、所謂女子会に強制的に参加させられていたローランサンは、非常に居心地の悪い思いをしながら、もう一人の被害者であるオリオンの腕を肘で突付いた。

「おい、何なんだよこれ」
「あのな、俺が知る訳無いだろうが」
「そりゃそうだけどよ。休憩するんじゃ無かったのかよ」

 ローランサンの気持ちも分からないではない。目の前にはきちんと淹れたての紅茶と軽く摘めるものが並んでいるので、一応の体裁は整っていると言えなくも無かった。だがローランサンとしては女性陣から投げかけられる質問に、しかも何故か男性陣代表のような聞かれ方をされてはうっかり迂闊な事も言えず、気の休まる暇も無い。ぶちぶちと文句を言うローランサンは、被害者の体をしていて。そしてそれは全く持ってその通りなのだ。
 そんなローランサンに内心申し訳ないと思いながら、オリオンは静かに茶器を傾ける。オリオンとて、女性の姦しい様はそれほど得意ではなかったが、よくよく話を聞いていると、今の状況に至る原因の一端に他でもない自身が絡んでいると言えなくも無い訳で。ならば、それが例え自覚の無いものだったとしても、巻き込まれるのは仕方ないと諦めの心境とともに受け入れていた。
 だが、ローランサンは違う。そして、文句を言いたい気持ちも充分理解しているオリオンとしては、なるべくローランサンが集中砲火を浴びないよう気を配り、さりげなく口を出すようにするのみだった。
 幸いな事に、この状況の首謀者とも言えるライラの興味は専らヴィオレットにあるようで、ならばローランサンにとってそれほど酷い状況にはならないだろう。問題なのは、寧ろこういう状況に慣れているとは思えないヴィオレットの方で。
 どうやらライラはヴィオレットが心の奥に秘めている想いを敏感に察知し、それを何とか聞き出そうとしているらしいが、その自覚が無いヴィオレットには何の事やら分からないらしく。ただひたすらに困惑している。こればかりはどうしようもなく、オリオンとしても余計な口を出せる筈も無かった。
 どうにもならない状況に、オリオンは一人天井を仰ぎ溜息を吐くしかできない。











[ | | ]







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -