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 眼裏に浮かぶのは、あの檻の中、目の前にいる子等と同じように全幅の信頼を持って見上げていた子供の姿。寂しさを内包した瞳は、いつだって唯ひたすらにスコルピウスを求めていた。
 あの時、スコルピウスの中には相手を気遣う余裕は無く。それが自分の地位を脅かした存在であることが、余計にスコルピウスの態度を硬化させていて。結果、一度だって弟であるという認識を持ったことも、ましてや優しさを持って接するなど有り得なかった。
 今思えば、誰よりもその地位に執着していたのは他でもないスコルピウス自身だったのかもしれない。心の中の葛藤を表に出す事無く接していたならば、今でもあそこに居たのだろうか。あの誰よりも優しい小さな子供の支えとなれていたのだろうか。
 幸せを身近に感じるようになったこの頃、よくそんな風に思う時がある。
 だがそう考えられるような人間になったのも王族という柵を捨て、そして何よりも目の前にいるこの子らが傍にあるからこそだと思えば、きっとそれはありえないのだ。
 スコルピウスは、己が人間としての尊厳を踏みにじられ。それでも全てを憎まず、恨む事もせず生きていける程強くは無いと知っていた。現にあの深い絶望の日々を過ごしていた中で、胸に燻り続けていた憎悪を抱き続ける事を許容していたのだから。
 時期王として在るべき姿を強要され、周囲の重圧にそれでも曇る事の無かった眼差し。周りの思惑などきっと気付いていただろうに、それでも笑う事を止めようとはしなかったレオンティウスは、己より余程王に相応しいのだと今では素直に認める事が出来る。神託など関係ない。自分では無理だったのだと惜しむ気持ちも憎む気持ちも湧き上がる事無く思える。己は国などという大きなものを抱えて生きるほど強くは無いのだ。
 スコルピウスの視線は自らの手の平へと落ちる。そこにある子供達よりは大きい、だがまだまだ頼りない手。この両手に握れるものはほんの僅かで。それを大事に抱えている事しか、スコルピウスには出来なかった。そして、それこそがスコルピウス自身が心から欲し、抱えていたいと思うものなのだ。ならば…

「エレフ、ミーシャ」

 遊びに熱中していた二人は、それでもスコルピウスの呼ぶ声にすぐさま遊びを中断し、駆け寄って来る。
 どんなに夢中になっていようとも、いつだってそれを放り出して我先にとスコルピウスの元へやって来る姿はいじましいもので。
 揃ってスコルピウスの言葉を待つべく見上げて来る二人に手を差し伸べるスコルピウスは、躊躇いも無く握り返された手の温もりに、不覚にも目元に熱が上がって来そうになる。

「さあ、そろそろ帰らねば日が暮れてしまう」

 湧きあがる感情を誤魔化すように鹿爪らしい顔をして神妙に言えば、一瞬遊びの終わりを惜しむかのように表情を曇らせた二人は、だがすぐさま家へ向かって歩き出す。
 今日の夕餉の話題に花を咲かせる二人の子供に相槌を返しながら、その僅か後ろを歩調を合わせて家へと向かう。自分より余程小さく頼りない、だが自分よりずっと豊かな心を持つ二人の姿を見下ろしながら、改めて家族のありがたさを痛感した。
 そして、自分に対し心からの信頼と親愛を向けてくれる子供達と、己を守り慈しんでくれるポリュデウケス。そして最初のぎこちなさはどこへやら、今では自分を年の離れた弟のように思い何かと世話を焼きたがるデルフィナ。些細な事がこの上もなく嬉しくて、彼等と共に在るこの幸せを守り抜く為なら何でもしよう。心から、そう思った。











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