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 デルフィナは、その光景が果たして現実のものであるのかを判断できず。また、常には有り得ないそれを目撃した事により部屋の前でただ呆然と立ち尽くしていた。故にポリュデウケスが、自分達の帰宅にも気付かず自分の部屋で没頭しているであろうスコルピウスに声をかけようと階段を上ろうとした時も、デルフィナはただそこに居た。ポリュデウケスは部屋に入るでもなく室内を凝視しているデルフィナの姿が目に止まり、訝しげに眉を顰め二階へと向かおうとしていた足をデルフィナの方へと向ける。
 気配は勿論の事足音も消してはいないのだが、デルフィナは近付いてくるポリュデウケスに気付く様子はない。

「デルフィナ」

 何かあったのかと、対外的な事もあり夫婦として尊称を付けずに呼ばれた名。決して大きくはないそれは、だがデルフィナの意識を引き戻すには充分だったようで、その肩が大袈裟なほど跳ねる。そのまま酷くぎこちない動きでポリュデウケスの方へと顔を向けたデルフィナの表情に、ポリュデウケスは益々困惑の色を深める。
 何があったのか、驚きに目を見開き何事か言わんと口を開いたデルフィナ。しかし、結局音となる前にその口は閉じられ、躊躇うように視線を逸らす。見守るポリュデウケスを余所に、デルフィナはそのまま室内とポリュデウケスの間で視線を彷徨わせていた。察するに、言いたくないのではなく何と言っていいのか分からないといったような彼女の態度に、ポリュデウケスは習うように伸び上がりデルフィナの後ろから室内の様子を伺い見た。すると、

「これは…」

 ポツリと落とされた声。室内に広がる光景に、ポリュデウケスもまた何ともいえぬ表情で、立ち尽くすしか出来なかった。
 それもその筈、彼等の視線の先、いつもならポリュデウケスが使っている寝台のその上で、安心しきった様子で寝入る双子とそんな二人の身体を支えるように左右の腕を回し、二人の間で同じく眠るスコルピウスの姿が。
 起きている時には、もう既に常備されているといっても過言ではない眉の間に鎮座している皺は、今は見る影もなく。ひどく安らいだ表情をしているスコルピウスの寝顔。しかも、気配に敏感で僅かな物音にもすぐさま目を醒ます彼が、それがたとえ危険のない相手だとは言えポリュデウケスとデルフィナに注視されているにも関わらず、まったく目覚める様子はない。普段の彼からは有り得ない、一種異様とも言える光景に、その微笑ましさはどこへやら、驚きに固まる二人。
 何かがあった事は明白で。恐らく何らかの理由で双子が目を醒ましてしまったのだという事は見当がついたが、エレフセウスとの初めての接触以来、まるで恐怖にも似た感情で極力関わらないようにしていたスコルピウスが進んで二人に触れ、あまつさえそのまま眠ってしまうなど予想の範疇にない事だった。
 デルフィナなど、普段の態度からは想像もつかない姿にただ唖然と見つめるほかないようで。だが、ここはスコルピウスと付き合いの長いポリュデウケス。最初の衝撃から立ち直ると、冷静な目で彼等の様子を見る事が出来た。
 これは恐らく変化といっても良いのではないだろうか。頑として距離を置いていた彼が、緊急事態だったとはいえ双子に自ら関わったのだ。この家に来てから今まで、ポリュデウケス以外とはまるで壁を作ったかのようにどこか一線を引いていたスコルピウスが歩み寄ってくれたようで、ポリュデウケスとしては嬉しかった。

 結局、その場はデルフィナを連れて部屋を離れる事にした。同じ家に住んでいるのだし、長い歳月はかかるだろうが家族のようにもなれたら良いと常々思っていたポリュデウケスはデルフィナを促しながら、これからは少しずつでも距離が縮まるだろう予感にそっと笑みを漏らした。











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