長編小説 | ナノ



 Pas à pas on va bien loin


X

竹の剣をユウに渡し、言葉を交わす事なく相対して構え、互いの剣先を合わせる。
瞬時に後悔した。正に頭の先から足の先、剣先に至るまで、慄くほど相手に全く隙が無い。隙が生まれそうな余地さえも無い。
彼の構えが、私の知るものと大きく異なる型であるだとか、その所為で間合いが思いの外遠いだとかが些細な誤差に思える程の実力差。それが明瞭なまでに互いの構えに表れている。この力量の違いは彼も間違い無く察知しただろう。
どのように立ち回ったとしても、私の打突は軽く往なされた挙句、頭、首、手首、胴等、彼が望むままの急所へ止めを刺す流れに行き着く。悔しいが容易に想像できる。
彼はわざわざ自身が動かなくとも、痺れを切らした私が先に動きさえすれば、後は小手先で容易く弾くか躱し、空いた隙を容赦なく攻撃すればいい。ほんの数秒で終わる手合わせだと予想しているに違いない。彼は微動もせず、落ち着き払い、洗練されて美しささえ纏う剣構えで私を見据えている。

俄かに、彼が剣先を私の中心から逸らし、張り詰めた空気を解いてしまった。
「……わかっただろ。お前じゃ相手にならねぇ」
諸手を上げてその通りだと認めたかった。しかし、ここまで軽視されておきながら引き下がるのを本心が厭った。彼の眼には覚えがある。私に剣術を施した大人達も皆、彼のように蔑視めいた眼差しを向けてきたものだ。憂さ晴らしと言わんばかりに揶揄う者もいた。それが無性に悔しくて、いつか見返そうと毎日闘志を燃やしていた日々を思い起こす。
――あの人達のように、ユウにも一泡吹かせてやりたい。
どうやら剣術に於いて、いざ相手と対峙し構えると、相当我が強く働くらしい。とは言え実力差は最早埋まらず、状況は最悪だが、強者であるが故に彼が破った緊迫を生かす秘策がたった今閃いた。

「……高慢は花をつけ、破滅の穂を実らせる。意味、解る?」
相手が挑発に乗り易い彼でなければ歯牙にも掛けない弱者の戯言だ。実の所、最早投槍でもあったので、追い討ちを掛けるようにこれでもかと口端を上げて見せた。
刹那、背筋が粟立つ程の怒気を胚胎した気配が突風のように走り抜ける。
――大丈夫。予想通り。
呼吸を整え、初動に備える。
彼が動いた。凡そ同じ人間とは思えない速さで詰まる間合い。続く動作は全く予測が出来ない。
もうやるしかない。秘策とは名ばかりの、勘を頼りに彼の初手を受け流すという捨て身の作戦に打って出た。
彼は私の頭を狙うように剣先を引き付ける。恐らく寸前のところで剣を持つ右手首に打突を繰り出すと読んだ。頭を狙っているぞ、と言いたげに態と擡げられた切っ先に釣られたと見せ掛ける為、敢えて大きすぎず頭部を防御する体勢に入る。
異様な速さで正面から頭を狙って斬りかかり始めていた剣は、自然に、しなやかに軌跡を描き、刺すように此方の手首に伸びる。
持ち手に然と力を込め、持てる最大の早さで右足を引きながら腕を身体に引き寄せ僅かに下げる。ユウの打突を何とか柄で受けた。大きな実力差が生んだ余裕が、一秒にも満たない隙に変わった瞬間だ。これを逃せば最早勝機は無い。
掌で測れる程度の振り幅の打突にも関わらず、衝撃に備えていた腕が麻痺しそうな重みだ。
賺さず手首を捻り、互いの刀身を絡めるように受け流し相手の剣先が自身の身体から逸らす。
打ち損じた彼の構えが微細ながらも乱れた。対して私の剣は彼の中心を捉えている。彼の懐に入り込むように踏み込み、喉元を狙って腕を突き出した。

突然、視界があらぬ方向を向き、肩に予期しない痛みが走る。
ユウの身体に触れる寸前で止まっている筈の剣先は、何故か身体ごと大きく右に逸れて、空を突いている。
痛みに目を向けると、彼の剣が私の肩口に突き立てられていた。一体どうやって崩れた構えを修正し、どんな動作で私よりも早く攻撃を当てたのか、全く見えていなかった。
状況は把握したものの、気付くのが遅すぎた。麻痺し握力を失った手は、あっさりと柄を手放す。
恐らくこれが彼本来の早さなのだろう。私が捨て身で受けた一撃は、彼の半分の力も込められていなかったのではないか。
身の程知らずにも程がある。神妙に敗北を認めた。
僅かながらの自負を胸に、精一杯の大口を叩いたものの、全く実力が伴っていなかった実感に肩を落とす。彼は二度と手合わせに応じてなどくれないだろう。

向き合って反省の意を込め「偉そうな事言って、ごめん」と告げるが、ユウは怒る訳でも嘲笑するでもなく、寧ろ悔しげに閉口して剣を持つ自身の拳を見つめていた。
「明日も来い」
「え……。また手合わせしてくれるの?」
「俺が納得いかねぇだけだ」
「ありがとう……!」
彼が二度目の機会を与えてくれた理由は皆目見当が付かず、目を大きく張る限りだ。しかしこの約束が得られたのは、大きな一歩を踏み出せたと自負しても良いだろう。

Y

「医務室に行っとけ。後で喚かれても面倒だ」と、私の顔を見ないまま捨てるように言ってユウは歩き出した。
彼なりの配慮なのだろうか。確かに彼の打突を受けた右肩に痛みが残っているので、素直に従いたい所だが、実は全く気乗りがしない。
任務でもなければ、真剣を用いない鍛錬中、相手を挑発した末返り討ちに遭って怪我をした。ロザリアの怒りを買いそうな要素まみれではないか。
彼女から私を守ってくれとは言わない。付き添いで構わないので切実に同行して欲しい。しかし、怒られるのが怖いなんて弱気な発言をして幻滅されようものなら、折角の約束が取り消されてしまうかもしれない。苦し紛れの口上を述べた。
「待って。あの……、まだ場所を覚えてないの。教えて?」
「……は?上に登って行けば馬鹿でもわかるだろうが」
心底迷惑そうにユウは眉間に皺を寄せる。尤もな意見に食い下がるのは諦めた。
「……リナリー、今日明日で帰って来ないかなぁ」
彼女が居てくれれば、怒られると解っていても心強い。何の気なしに叶う筈もない独り言を呟く。他に付き添いを了承してくれそうな人は居ないだろうかと、昨日知り合った人々の顔を思い浮かべていた折柄。
はっきりと聞こえた舌打ちの直後、ユウに呼び掛けられた。次いで「早く来い」と告げられる。
何故気が変わったのか解らないが、また彼の気が変わる前に急いでその背を追いかけた。

医療班の階層に着くや否や、ユウは「後は解るだろ」と言い残して私に背を向けた。
部屋までは一緒に居てくれるものだと思い込んでいたので、咄嗟に彼の外套の裾を掴む。
「なんだよ」
「一緒に中に入ろう?」
すると明らかに苛立った形相で「離せ」と込めた睨みだけ返される。彼の怒気を改めて受けると、やはり身が竦む。先刻は良くこんなに殺気立つ人に立ち向かえたものだ。

「そんな所で何をしているの?」
ロザリア婦長の声だ。まだ彼女のお叱りを受ける心構えが十分ではないというのに。
恐る恐る声の方を向く。疑念と憂慮を綯交ぜにした面持ちの彼女は「二人共、中に入りなさい」と子供を諭すような穏やかな声音で言った。
服を掴む手を離して婦長の許へ歩み寄る。ユウは無視して立ち去るだろうとは思いつつも背後を窺う。驚く事に、彼は表情の険しさを残しつつも文句を言わずに婦長の言に従っていたのだった。

医務室に立ち入った途端、忽ち「どうしたの、どこか調子が悪いの?」と心配そうな顔をした看護婦達に出迎えられ囲まれる。しかし、私の後ろに視線を移した途端、誰もが声を上げて、何事だと騒めいた。
「あの神田さんが、自分から来た……?」
「え。本物?」
「今日は婦長に耳引っ張られて無いわ。明日は雪かしら……」
皆口々に困惑を小さな声で囁きあっている。ユウはそんな彼女達の反応に気色ばんでいるのか、薄く蟀谷に青筋が浮かび始める。
ロザリア婦長はそんなさざめきを収めるように、憂いた様子で尋ねる。
「それで、何か用があったんじゃないの?貴方達」
「ちょっと肩を痛めちゃって」
右肩に手を添えた途端に婦長の顔色が変わる。鋭い眼光を湛えて彼女はユウに視線を飛ばす。原因を彼とみなし、静々と咎める眼だ。僅かにユウが慄くように足を後ろに引いたのが見えた。
「待って!私が勝負しろって挑発したの。だから……」
彼女の腕に縋って必死に弁解すると、私の眼を凝視し一呼吸し、仕方がないと言いたげな溜息を吐く。
「いくら練習用とは言っても武器をお互い持っているんだから、軽んじては駄目よ」
何度も頷いて謝罪を述べる。婦長は呆れを胚胎した微笑みで、許容を示す。次いでユウに向き直り「全く。来たばかりの仲間にいきなり怪我させるなんて……」と、嗜めるような語気で言う。
ユウは一切反論しようとせず、大人しくその場に止まっていた。その光景が不思議で仕方がなかったが、看護婦の一人、ミレーユが私の傍に近づいてきて告げた。
「神田さん、治療中に病室を抜け出す常習犯だから、しょっちゅう婦長に怒られてるの。小さい時からずっとそうで、逆らえないみたいよ」
その声がユウにも届いていたらしく、決まりが悪そうに眉間に皺を寄せた。どうやらロザリア婦長に限らず、医療班の面々には大きく出られないらしい。部屋に入ろうとしなかったのは、こうなる事を予想していたからかも知れない。申し訳ないと思いつつも、すっかり大人しくなってしまっているユウの姿に口元が緩む。

「あとね。彼、リナリーにはもっと弱いのよ」
ミレーユが手を口端に添えながらも、ユウに聞こえるように私に向かって囁くと、彼は更に罰の悪そうな顔をする。
そこで合点がいった。何故彼が自分を案内してくれたのか。
もしもリナリーの帰りが早かった場合、私が医務室へ一緒に来て欲しいと頼めば、当然何があったのか問われるだろう。
私の自業自得とは言え、ユウが怪我をした人間を放って去っていったと分かれば、間違いなくリナリーは彼に強く抗議するに違いない。心底リナリーに逆らえない彼を想像して思わず笑みが溢れた。
「何笑ってやがる」
眉根を寄せて、不愉快を露わに威嚇する彼が、急に悪戯を主人に気付かれやしないかと落ち着かずにいる犬のように思えて、彼に対する印象が大きく変わった。
「大丈夫だよ。リナリーに告げ口するような事、絶対にしないから」
またしても機嫌が悪そうに舌打ちをして、彼は部屋の出入り口に向かって歩き出す。

「ユウ」
まだ礼を言えていないと気付き、彼の名を呼んだ。すると、俄かに場の空気が時を止めたように鎮まった。
「“それ”を口にするな」
振り向いた彼は憤怒の形相で低く唸る。意図も、何故こんなにも彼を怒らせてしまったのかさえも解らない。
「えっと。どういう事?」
「名前で呼ぶんじゃねぇつってんだよ」
「それは。どうしても、嫌……なの?」
今までの怒りとは異なる拒絶を感じる。名前を呼びたいというのは私の勝手な都合でしかない。それを相手に押し付けては駄目だ。解ってはいるが、宿での暮らしに移り変わってからは、一度も名を呼ぶ事を拒まれた経験が無かった。初めて受けた強い拒否に、つい項垂れてしまう。

「アリス……」
傍のミレーユが気遣しげに呟く。
嫌がっている相手に我儘を通したい訳ではない。顔を上げて彼の姓である「カンダ」と呼び直そうと思った矢先。ユウは何かに気圧されている表情を浮かべ、私への怒りは引っ込めてしまっていた。
周りを見回すと、婦長を含めた看護婦達がユウに無言の圧力掛けていたのが解った。彼女達放つ私への憐れみと、彼への静かな非難の眼差しは、仮に私が渦中にあったとしたら、居たたまれないだろう。
「もういい。勝手にしろ」と、とうとうユウは逃げるように背を向け足早に出入り口に歩みを進めた。

「その剣を貸して」
婦長がすかさず私の持ってきた細剣を手に取り、なんと何の躊躇もなくユウに向かって投擲した。
「ええ!?……ユウ危ない!」
思わず叫んだが、彼は振り返る様子もなく頭の真横を通り抜けんとする剣を片手で掴んで止めた。
恐らく気配だけで察知したのだろう。だとしてもユウの頭に当たらない間際を狙える婦長にも、それを一瞥せず捉える彼の遣り取りに、呆然とする他ない。
ユウは無言のまま振り返る。するとロザリア婦長は笑みを浮かべ、居丈高な声調で言い放つ。
「竹刀、返しに行くんでしょ?それも戻して来てあげてね」
「……っのクソババア」
舌打ちと、かなり喧嘩腰な捨て台詞を吐きながらも、婦長に刃向かう事なくユウは足早に立ち去っていった。恐々婦長を横目で見遣るが、ユウの言動に怒りは点っておらず、寧ろ彼の背に送るその眼差しは優しく細められていたのだった。

「アリス。よかったね」
「あ、の……みんな、ありがとう」
「驚いたわ。神田さんに睨まれても引かないなんて」
「どうしても。名前を呼ぶのが好きで……」

そう答えたが、本当は私の身勝手な拘りだ。人の名前を呼ぶのが好きというのは偽りではない。しかし、根底にあるのは、私自身が姓を呼ばれることも尋ねられることも厭うからだ。
――私には氏姓は必要ない。アリスという名さえ有ればそれでいい。
そんな我情を他者に押し付けているに過ぎない。
私に拘りがあるのと同様に、ユウにも名前で呼ばれたくない事情が有って当然だ。半ば強引に許しを得たのは間違いだったかも知れない。
もしも次に名前を呼んだ時に不快そうであれば、彼の意思を尊重しようと心に誓った。

Z

肩に受けた怪我は、軽い打撲程度であった。早々に治療を終え、朝食を摂ろうと食堂へ赴くと、受け渡し口の外に出て。ゴルト隊長と話し込むジェリーの背が見えた。二人共、背も高ければ体格も逞しいので、並んで話している姿はこの場が修練場であるかのように錯覚させる。しかしジェリーは定かではないものの、隊長の精悍な顔付きは心許なげで、何か問題が起きているように見受けられる。
私に何か手伝えるだろうかと思い、二人に近付き声を掛けようとした折柄。
「おっ!ジェリー、無事みたいだぞ!」
私に気付いた隊長が、目を見開く。するとジェリーが途轍もない速さで振り向くやいなや、こちらに向かって疾風の如く駆けて来た。
「アリス!怪我は?怖い思いしなかった!?」
彼女は背を屈め、かなり近い距離で私の顔を覗き込む。黒い硝子の奥にある眼差しが薄らと透いて、心底気を揉んでいるのだと一先ず理解した。
「大丈夫だよ。急にどうしたの?」
「さっき、アリスちゃんが神田くんと決闘するらしい。なんて話をしたら、居ても立っても居られなくなってしまったんだと」
「当たり前でしょ!本当に、何事も無くて良かったわ……」
胸をなで下ろすジェリーにゴルト隊長は溌剌と哄笑する。
「でも、決闘というより、私が一方的に煽り立てて返り討ちにあっただけなんだけどね」
「あんた……。なんでそんな危ない事を思い付いたの」
「どれくらい通用するのか、試そうと思って」
「活動的でいいじゃないか」
私に賛同しようとする隊長を見て、安堵から少々呆れが混じった声音でジェリーは告げる。
「ま、アリスの無事が知れたことだし。それじゃ、二人とも何食べたい?」
待っていたと言わんばかりに隊長は希望を早口に言う。私も彼の後に続いてジェリーに朝食を拵えて貰った。

食事を終え、執務室へと足を運ぶ。仮眠中だったコムイをリーバーに起こして貰い、コムイと二人、ヘブラスカの許へ訪ねた。
ヘブラスカが言うには、イノセンスの状態は昨日と変わりないのだそうだ。それが良いのか悪いのかは解らないが、訊いて後者だった場合に気落ちしたくなかったので、悪化してはいないのだと前向きに捉えた。
「そういえば。好きに過ごして良いなんて言っちゃったけど、困ってはいないかい?」
「うん。今日はユウに手合わせして貰ったよ。この後は図書館に行くつもり」
「え!?」
コムイのみならず、ヘブラスカまで私の発言に驚きを示した。彼らが驚く理由は最早聞かずとも解る。言うまでもない事だろうが、三度目の結果報告を若干拗ね気味に述べた。
「勿論、手も足も出なかったけどね……」
「そうか……。だが、大した怪我が無いようで何よりだ」
「ヘブくんの言う通りだね。でも、好奇心は猫を殺す、と言うから。あんまり危険な事はしちゃ駄目だよ」
朗らかに笑いながらコムイは私の頭に手を置いて、指先で軽く叩く。
彼は直ぐに手を離して謝ったが、どうやら教団内に於いて、私は被庇護者に位置付けられつつありそうだ。年も近ければ況して同じ人間なのに、ユウに挑んだ事をこれ程誰もが心配してくれるのは、暗に彼が強いからではなく私が弱々しいからなのだろう。地道に払拭していく為に、改めて意気込むのだった。

図書室で「ヨベルの書」を探すが、隅々まで探しても見つけられず、専門職員も巻き込んで確認してもらうも、元よりそんな名前の本はどの言語に於いても蔵書が無いと言われてしまった。
あの時ラビは、読んだことがあり戻し位置も解るので返しておくと言い、本を預かってくれた。なので、私の訳が間違っていたのだろう。
ラビに訊けばあの本の所在が解るとは思うが、どうにも別れた時の笑顔が頭から離れなくて、彼に会いに行くのが躊躇われる。
――もし次に偶然会えたら、その時に訊こう。
悲観に陥りたくなくて、無理矢理に思考を切り替える。今考えるべきは、明日のユウとの鍛錬だ。
明日の立ち回り次第では、今後も剣を交わらせるに値する相手だと、ユウに認めて貰えるかも知れない。
出来る事なら身体を動かして実践したかったが、今日は絶対に大人しくすると婦長と約束をしたので、夜までは図書室に滞在するつもりだ。
試しに剣術の指導書などを探してみると、様々な国にて発祥した身体技法や兵法書等を見つけた。
読み漁る内に、ユウの武器である片刃の剣を使用した剣術は、東洋の……余り文献は無かったが日本の剣技に似通っている事が解った。
両手で柄を持つ型の短所があるとしたらなんだろう。だとか、異なる剣術同士で私の剣技を活かすにはどう立ち回ろうか。など、活字と図解を追う内に対ユウ戦略を練り始め、脳内で動作を思い描く作業に没入していった。

少し遅めの夕食を摂った後、相変わらず気は乗らないが地下水路に向かった。
重い足取りで暗渠へ向かう理由は一つ。深い水を克服する為だ。
教団への経路は二通りしかない。一つはこの地下水路、もう一つはこの施設が聳え立つ、堆い崖の昇降だ。ごく稀にその絶壁を登ってやって来る者が居るらしいが、私の場合は後者を選択すれば、任務前に命を落とす可能性が大いにある。実質移動手段は選べない。
剣術の鍛錬と同時に、水上移動の耐性も身に付けなければ、イノセンスの発動が叶っても結局誰かに迷惑を掛けてしまう。

入団して早々、沢山の人達の助力を受けてきた。
けれどそれは私が此処へ来て間もないから施して貰っているに過ぎない。
彼等の優しさに浸って自身を甘やかせば、初めは多目に見てもらえても、いずれ役立たない人間だとみなされ、愛想を尽かされてしまうかも知れない。
そんな動機で努力しようとする自身の姿勢には、正直嫌悪を覚えるが、何もしなければ益々人に頼らなければ何も出来ない人間になってしまうのは事実だ。
再び得たこの居場所を手放さぬよう、気を引き締め階下に歩みを進めた。

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