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「君が淹れるお茶は香りが違うね。やっぱりなまえの淹れるお茶が一番好きだな」


口にしたら最後、元就の中で押し殺していたなまえという存在が大きくなった。
立場を弁えた距離を保とうとするなまえに対して、自ら距離を詰めるような真似をしたことに、元就は自嘲気味な溜息を漏らす。
手を伸ばせば消えてしまう蜃気楼にも似たなまえという存在に、元就自身が身の振り方を忘れてしまいそうになるほどである。
しかし、本心から褒めたはずの言葉も、なまえには届いているのかいないのか。
どことなく困惑したような表情を浮かべてありがとうございますと告げられても、元就は嬉しくも何ともなかった。


「なまえ…私の傍仕えは迷惑かい?」
「あの…何故でしょうか…」
「いや、最近はなまえに笑顔が見られなくなったからね。私も気にしていたんだ」


差し向かいのなまえは黙ったまま俯いてしまい、気まずい沈黙に包まれる。
そんな空気にふう、とひとつ溜息を漏らすと、文机に茶碗を置いた元就はなまえと膝がくっつく距離まで間を詰めた。


「なまえ、君は私が嫌いかい?」
「そんな…滅相もありません、私…」
「では、どうして私と目を合わせようとしないのかな?」


押し黙ったなまえの膝に乗せられた華奢な手が、ぎゅっと握り締められる。
何かを言いたくても言えない、そんななまえの握られた手に元就はそっと己の手を重ね合わせた。


「私は、なまえが大事だ。とても愛しいと思っているよ」


たとえ立場がどんなに違おうとも。君を一人の女性として大切だと思っている。
噛んで含めるように、ゆっくりと何度も己の気持ちを吐き出すと、なまえの指が元就の指に絡みついた。
重なり合った手を強く引き寄せると、元就の腕の中になまえの身体がすっぽりと収まった。
華奢な身体の中に詰め込まれた想いを吐き出すように、元就の腕に縋るなまえは小さく震えながら声を絞り出した。


「私なんかが、大殿をお慕いしてはいけないと…」
「そんなことはないよ」
「ですが、」


さらに言葉を紡ごうとするなまえを遮って、元就の唇がなまえのそれを塞ぐ。
柔らかな感触は心地よく、危うく箍が外れそうになるのを堪えるのに元就は必死の思いだった。
もっと早くにこうして抱きしめていれば良かったと、後悔すら覚えるほどである。


「ずっと、こうしてなまえを抱きしめたいと思っていたんだ…」


遅くなってしまってすまない。
抱きしめ返すなまえの腕に強い力が込められたのを感じると、元就は安堵の溜息をひとつ吐いた。
姑息な手を使ってまで傍にいて欲しかったのなら、もっと早くに踏み出していれば良かったのに…。
多少の後悔を上回る至福に包まれて、元就は抱きしめたなまえの香りを堪能するのだった。



Calling to your love
(ずっと君を見ていた)


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