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鬼の撹乱とはこのことだろうか。
城主の氏康が、風邪を引いて寝込んでしまった。
不機嫌さを前面に押し出した渋顔で、それでも素直に布団に横になる姿がどこか可愛らしい。
手桶に冷えた水を張り、なまえはそんな氏康の枕元で手拭いを絞る。
熱を持った額に畳んだ手拭いを乗せてやると、むくれっ面の氏康は益々顔をしかめた。


「おい…」
「はい、なんでしょう」
「いつまでこうして意味もなく横になってりゃいいんだ?」
「それは…もちろん熱が下がるまでです」


手桶を枕元から僅かに離しながら、なまえはさも当然と言わんばかりに氏康の問いに答える。
それが面白くないのか、氏康のしかめっ面が尚も色濃く滲み出た。


「高々風邪くらいで釣りもできねぇし煙草も禁止とはな…」


けっ、と悪態をつく姿は、どうにも我侭で大きな子供のようだ。
晴天の中、一人自室で布団の中というこの状況がよっぽど気に入らないらしい。
数日休めばすぐに良くなりますよ、などという気休めは言わない方が良さそうだと踏んだなまえは、ただ笑顔を向けて冷えた指先で氏康の首筋に触れた。指先に伝わる体温は、やはりまだ高い。


「退屈でしたら、私がここに居りますから」
「ド阿呆、お前がここに居るのは当たり前じゃねぇか。なに寝ぼけたことをいってやがる」


普段よりも少し高圧的な態度を取ろうとするのは、おそらく強がりからだろう。
それでもいつも優しい物言いをしてくれる氏康が放つ刺々しい言葉に、なまえは少しだけ気落ちする。
氏康の首筋に触れていた指先を離すと、なまえは僅かに身体を布団から離した。
そんなささやかな反抗など、氏康に通じることなどないと分かって居ながら、だ。
だが氏康はそうではなかった。
なまえ、と小さく呼びかけると、額の上の濡らした手拭いで瞼まで覆い隠しながら静かに言葉を続けた。


「俺はお前に風邪を移すようなことはしたくねぇが、一人でこうして寝てるってぇのも退屈なんだよ。ただでさえこんな格好の悪ィ姿晒してんだ、判るだろ?」


氏康の問いかけに、思わず気が抜けたように笑いがこみ上げる。
風邪を引いても釣りをしていても、煙草を吸っていても…なまえにはどんな氏康だって格好悪い姿だと思ったことはないというのに。


「氏康様はいつも、私にはとても格好良く映ってますよ」
「阿呆、そりゃ当然だ」


瞼まで隠した手拭いをひっくり返そうと手を伸ばすと、その手は簡単に氏康に捕らえられた。
驚く暇もないうちに塞がれた唇に普段よりも熱を感じて慌てるなまえに氏康はいたずらっ子のような笑みを見せて、ようやく素直に眠りについたのだった。



Don't make me hot on your love, child


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