sleep | ナノ

黙ってついて来いと言われたからそうしたのだが、後ろに付き従ってほんの数歩進んだところで、今度は言われたことしか出来ないのかと怒られた。
今日の上司は、どうやら相当に機嫌が悪いらしい。
もうほとほと気力が尽きてしまった。それがなまえの素直な気持ちだった。
誰もが可愛そうに大変だろうにと声を掛けてはくれるが、それは純粋な同情だけではなく嘲笑交じりの感情が混ざっているようで、それもなまえの気持ちを折る要因のひとつとなった。

もう辞めよう。
それは何度も頭をよぎった思いではあったが、今日ほど頑なに決心した日はこれまでなかった。
いっそ見限られてしまった方が楽だと思い立ったが最後、なまえは上司の目を盗んで城外まで逃げた。
外は空気が綺麗で静かで天気も良い。それがなおのことなまえの決意に頑固さをもたらした。

あいつに悪気はないんだ、ただ素直になれない不器用な奴なんだ。
人との距離の掴み方が下手なだけで、わざとではないんだ。
あいつはなまえのことを大事に思っているんだが、伝わりにくいだけなんだ。
上司を弁解する彼の同僚の言葉が頭の中を駆け回る。
清正様はそうおっしゃったけれど、悪気なくわざとではなければ何もかも許せるほど寛大な心は持っていないのです。
この言葉も、今ならば清正様にでも面と向かって言うことができるのに。
清正様の側仕えであれば、こんな気持ちとは無縁だっただろうに…。

たくさんの思いが身体中を駆け巡る。
せっかく逃げてきたのに、どこにいてもちらちらと頭に浮かぶのは三成の顔ばかりだった。
近くにいても離れてみても頭の中に三成がいる。それが悔しくて仕方がない。
何のために逃げ出してきたのかが分からなくなり、なまえは結局来た道をとぼとぼと引き返した。
外がどんなに穏やかで静かで美しくても、心の中が同じでなければどこにいても同じことだという悲しい事実に気付いてしまったのだ。

足元に視線を落としたままでのろのろと歩みを進めていたためか、人型の影がぬっと現れたことになまえは素早く反応した。
視線を上げた先にいた三成は、一目で分かるほどの不機嫌そうな顔をしている。
嗚呼、これならばきっと逃げ出した目的が達成できるとなまえはそう確信したのだが、三成は予想もしなかった行動に出たのだった。

不機嫌そうに足を踏み鳴らしながらなまえに近づいた三成は、その勢いのままでなまえを強く抱き寄せるとなまえの耳元で馬鹿者と声を漏らした。
その声色がか細く震えるような弱弱しいものだったので、なまえの心には戸惑いが生じた。


「俺がどれだけお前を探したと思っている…」
「……申し訳ありませんでした」
「黙って俺の傍から離れて行くな。もう二度と、こんな思いをさせるな」


清正様のおっしゃっていたことは本当のことだったのか。
なまえは三成の声を耳に受けながら、常日頃傍にいるのに気付けなかった自分を恥じた。
だからこそなまえは、心の底から三成に「ごめんなさい」と謝ることができた。


「もう二度と、三成様に無言でお傍を離れることはしません。三成様が離れることを望まれるまでは、ずっとお傍に居ります」


偽りのない言葉で三成へと思いを告げると、当たり前ではないかこの馬鹿者と安堵の混じった声で呟かれたお叱りの言葉を受け止めた。
叱られることすらも嬉しいと感じたなまえは、今まで見ようとしなかった本当の三成を見ようと強く心に決めたのだった。



それが恋とも判らずに


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -