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「龍司さんなんて、キライです…」


視線を逸らしたまま小さな声で囁いた声は、案の定龍司の耳に届いたようだった。
あ?と凄みを帯びた声音で再確認するように声を上げた龍司に対しても、なまえはそのまま無言を貫いた。
本当に些細でしょうもない嫉妬が先の発言に繋がったのだが、龍司のような男には嫉妬などという面倒な感情は鬱陶しいものでしかないんじゃなかろうかという不安もあった。
気持ちを判って欲しい反面、面倒な事でいちいち拗ねるなと言われるのも悲しい。そんなワガママな感情が、ぐるぐると心の中に渦巻く。


「聞こえんかったわ…。なまえ、何て?」
「っ、……」


だってこれは仕方がないのだ。先日見た光景があまりにも悲しかったのだから…。俯くなまえの頭の中には、その時の光景が鮮明に浮かぶ。
ただでさえ短いスカートをさらに短く折り曲げて生足を晒す女子高生グループを相手に、龍司が見せたのはとても柔らかな笑顔だった。
三人組のうちの一人が明らかに龍司に気がある風だというのは一目でなまえにはピンときたのだが、肝心の龍司はどうやら判っていない様子だったのである。
たまたま通りかかってたまたま目撃したその光景は、なまえの心にもやもやとした暗い影を落とした。だからこそのあの発言だったのだ。
嫉妬心を持つのも仕方がないことなのだ。龍司が、獲られてしまいそうだったから。
だが、しゅん…と落ち込むなまえを余所に、苛々した様子の龍司は気持ちが治まるはずもない。
まるで廊下に立たされた生徒のように壁際に立ち尽くすなまえに近づくと、龍司の左の拳がなまえの顔の脇を掠めて勢いよく壁を殴りつけた。


「なまえ、もっぺん言うてみ…?」
「っ、あ…」


乱暴な仕草を見せた左の拳とは裏腹に、龍司の右手は優しくなまえの頬に触れる。
怒ったそぶりをして見せてはいるものの、なまえをじっと見つめる龍司の瞳はどこか動揺の色を含んでいた。
なまえの発言の意味が判らず困惑しているが、それを必死に押し殺している、そんな様子が対峙したなまえには痛いほどに伝わった。


「なまえ…どういう意味や?」
「龍、司さ…」
「なぁ…もっぺん言うてくれや」


零れ落ちそうな涙を隠すように龍司の胸に飛び込むと、なまえはその胸の中でごめんなさいと震える声で囁いた。
謝罪の言葉の後、一拍置いて降り注いだのは大げさなくらい盛大な溜息で、びくりと身体を強張らせるなまえの背中にはゆっくりと龍司の両腕が回された。
苦しいほどに力強く回された腕が、それでも今のなまえには嬉しかった。


「意味が判らんわ…どういう事やねん、なまえ…」
「ごめん、なさい…」


他の誰かに…龍司さんの笑顔、獲られたくないの…。
そう言って縋りつくなまえを強引に引き離した龍司は、俯いたままのなまえの顎をぐっと持ち上げるとその濡れた瞳をじっと見つめた。
嗚呼、そうだった。と、なまえの瞳を見つめるうちに龍司の気持ちも少しずつ落ち着きを取り戻す。
龍司の知るなまえは、良い子で居ようと強がってばかりだが、本当は誰より独占欲が強かったのだと改めて思い知らされた。


「嫌いな相手に、そないな物欲しそうな目ェすんのか?」
「っ…龍、」
「普通は…せんのちゃうか?」
「も、っ…意地、悪…」
「意地が悪いんはお前の方やろ、なまえ…。もう二度と、そないな言葉言えんようにしたるわ」


ふわりと重ねられた唇から、僅かに差し込まれた舌先がなまえの舌に触れる。
たったそれだけの行為にも拘らず、なまえの身体は途端に腰から砕け落ちそうになってしまうのがいつも不思議でならない。
龍司を好きだというだけで、キスだけでこんなにも身体を熱くしてしまうのであれば、もう龍司以外の人になんて何の感情も抱けないのではないかとすら思わずにはいられない。
背伸びをした身体をぴたりと龍司に沿わせ、ほんの少しだけ身体を屈ませて口づけをくれる龍司の首に両腕を回すと、なまえは少しも離れたくないといわんばかりに深く深く口づける。
阿呆、と口付けの合間に囁かれた言葉にすら幸せを感じたのは、龍司の声がとても優しくなまえに囁きかけたからだった。
ぎゅっと強く抱きしめてくれる龍司の両腕に身を預けながら、なまえはそっと愛してるを囁くのだった。



Don't tell Lies
(嘘でも許さない)


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