いつもは結わえてある少し長めの髪が、今ははらりとなまえの頬を撫でている。
そんな普段とは異なる半蔵の姿がひどく新鮮で、なまえの胸を高鳴らせた。
口あてを外した彼の姿は、今までも何度か日暮れ後の自室側で見かけはしていた。だが、髪を結わえていない姿を見るのはこれが初めての事であった。
これから始まるであろう初めての行為に対する恐怖や羞恥はあったものの、目前の半蔵の姿になまえは目が奪われていた。
厚く逞しい胸板、筋肉が隆々と盛り上がった腕、程よく割れた腹。
その雄雄しい身体に、大小様々な傷がたくさん刻まれている。
なまえは露になった胸元を隠しながら右手をすっと伸ばし、脇腹に走るひと際深い傷痕を指先でなぞってみた。
「殿をお守りした傷が、こんなにたくさんおありなのですね」
「傷など、未熟の証…」
「そんなこと、」
なまえの中に、一瞬不遜な感情が湧き上がる。
半蔵が主である家康を、命を懸けて守るのは当然のことであるというのに、そこに妬気を覚えた。
その感情を打ち消すように半蔵の傷痕をなぞり続けていると、こつんと彼の額がなまえのそれと重なった。
「主とお前、俺には共に無二の者……」
「半蔵様……」
それ以上の言葉を遮るように、半蔵はゆっくりとなまえの唇を塞ぐ。
触れるだけの口付けが、徐々に深いものへと変わってゆく。
絡み取られる柔らかな感触に、なまえの胸の奥にじゅんとしたものが広がった。
衣が擦り合う音が、やけに鮮明に耳に響いている。
「半蔵様、」
「……」
「私…この身体の奥に初めてつく傷を、半蔵様にいただけて嬉しいです」
なまえの口から紡がれた言葉に一瞬息を飲んだ半蔵は、左の掌でそっとなまえの頬を包むと、僅かばかり困惑交じりの笑みを口元に浮かべながらなまえに額を押し当てる。
幸せそうに語るなまえの表情に、半蔵は不覚にも昂ぶりを覚えた。
「なまえには敵わぬ……」
その言葉の意味を問う暇もないまま、半蔵の指先が身体を這う。
気遣うような優しい愛撫に身体を震わせながら、なまえはただ至福を噛み締めるばかりだった。
First Encroachment