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「うーん…やめておいた方がいいと思うけどねぇ」
「やっぱり、秋山さんはそう思いますか…?」
「だって、俺が真島さんなら絶対に怒ると思うよ?」


スカイファイナンスの応接ソファで秋山と対峙するなまえは、がっくりと肩を落とした。
なまえちゃんの気持ちは良く判るんだけどさ、と呟く秋山の声も、心なしか傷心気味である。
出来ることなら力になってやりたい気持ちは山々なのだが、秋山としてはなまえの考えにはどうにもすんなりと納得する事が出来そうにない。


「ね、なまえちゃん。まだ時間はあるんだしさ、もう一度だけ良く考えてからでもいいんじゃないかな?」
「そう…ですね…」
「なんなら…俺が貸そうか?…いや、あげちゃってもいいよ」
「ダメです、それじゃ意味がないですもん」
「…そう、だよねぇ。それは痛いくらいに判ってるんだけどさぁ…」


とりあえずさ、もう少しだけ考えてから結論出そう?ね?
なまえと同じくらい困惑して泣き出しそうな表情を浮かべた秋山に促されて、なまえは気落ちしたまま静かに頷いて見せた。
またご相談させてください、と深々と頭を下げると、情けなく眉尻を下げた秋山に見送られてなまえはスカイファイナンスを後にした。
とぼとぼと階段を下りる間にも、深い溜息が漏れるのが止められない。
どうしたものかと悩みながら階段を下り切ったところで、なまえの視界には見慣れた男のスーツ姿が現れた。


「真、島…さん、」
「おう、なまえチャン…」


息を呑んで固まるなまえに、煙草をふかしていた真島の背中がゆっくりと向き直る。
一目見て不機嫌そうだと判ったのは、眼つきがいつものそれとは全く異なっていたからだった。
まだ長さの残る煙草を惜しげもなく踏みつけると、真島は革靴を鳴らしながらのろのろとなまえの傍へと迫った。


「秋山に、金でも借りるつもりやったんか?」
「あ、の…」
「俺に内緒で、何の相談に来とったん?なぁ」


じりじりと距離を詰める真島の迫力に後ずさるも、数歩でなまえの背中は壁に激突した。
俯くなまえの顔の両脇に真島の皮手袋が勢い良く押し付けられたかと思うと、凄みの帯びた視線がなまえを覗き込んだ。


「正直に言わな、どうなるか判ってるやろ?」
「真島、さん…っ、」
「秋山んとこに、なまえは何の用があったんや?」


鼻先がくっつきそうな距離で凄まれると、身体が竦みあがってしまうほどの迫力だった。
それなのに、吐息が掛かるほど近くに感じられる真島の存在に、恐怖とは違う意味で心臓が鳴るのだ。
ぎゅっと結んでいた唇をゆっくりと開くと、なまえは恐る恐る真島の視線を受け止めた。


「秋山さんのお店で…働かせてもらおうと、思って…」
「店て…うちの事務所ん前のあのキャバクラか?」


恐る恐る控えめに頷くなまえに、真島の口からは怒りと呆れが混じった盛大な溜息が漏れる。
未だ怒りの消えない眼で睨まれたまま、なまえは続けてなんでや?と真島からその理由を問われた。
全て話さなければ許してくれそうもない真島の鋭い視線に当てられて、なまえはやむなく意を決してその理由を打ち明ける。


「あと一ヶ月もしたらクリスマスだから…今年こそは、真島さんに何かプレゼントしたくって…」
「な…ん、」
「でも、真島さんいつも高価なものを身に着けてるから…なかなか私には手が届かなくて…」


だから秋山さんのお店で一ヶ月だけ働かせてもらえないか、って相談してたんです。
気落ちしたなまえに、今度は安堵交じりの溜息が真島の口から零れた。
まったく…と囁く声を耳に、壁際に追い込まれたまま、なまえの身体は真島の両腕で力強く抱きしめられた。


「何をこそこそやっとるんかと思っとったら…」
「だ、って…いつも私ばっかり、プレゼントしてもらってるから…」
「アホか。俺にはな、なまえが傍に居るんが一番のプレゼントや」


嫉妬なんて、みっともないマネさせんといて。
ホッとした声で囁いた真島は、そのままねっとりとなまえの唇を塞ぐ。
柄にもなく本気で秋山に怒りを覚えた自分が、我ながら情けなかった。
唇を離せば、打って変わって上機嫌に戻ってしまうところが現金でならない。


「なまえチャンは、俺の傍に居るだけで十分やで」


再びちゅっと音を立ててなまえの唇を吸うと、改めて真島の胸の内には幸せに満ちてくる。
何だかんだでなまえが自分のために悩んでくれたのが嬉しかったのだが、それはなまえには秘密だった。



Pure
(だってこんなにも、こんなにも、愛している)


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