sleep | ナノ

音がない。

目の前に広がる光景に、なまえは思わず息を止めた。
陽が落ちると、あっという間に世界は真っ暗闇に変わる。
それなのに辺り一面がやけに明るく見えたのは、降り積もった雪に月光が反射していたからだった。

深々と降り積もる真っ白な雪が、まるで音を奪っているように見える。
色のない世界は音まで無いのだろうか、と不思議な気持ちを抱えながら、なまえは胸いっぱいに冷えた空気を吸い込んでみた。


「…っ」


瞬間的に冷やされた肺。ぎゅっと心臓を締め付けられたような痛みがなまえを襲い、思わずなまえは咳き込んだ。
唇から漏れる息が、白く浮かんでは消える。
指先がジンジンとかじかみ、関節が徐々に固まっていくのが分かる。
それでもなまえは、この音のない世界をこうして眺めるのが何故か楽しかった。


(でも、いくら真似てみても判るわけがないのに…)


己の立ち振る舞いに、クスリと笑いが込み上げる。
以前に半蔵がこうして深々と降り積もる雪を眺めて佇んでいた事を思い出し、なまえもそれに倣ってみたのだが、彼がどんな思いでいたのかなど真似たところで判るわけがなかった。
判っていても彼に倣ってしまう自分が、なんだかとても滑稽に思えた。






「風邪を引く……」
「半蔵様、」


背後から突然掛けられた声に振り向けば、半蔵が手にした上着をなまえへと差し出していた。
素直にその好意に甘えると、なまえは嬉しそうな表情で半蔵に謝辞を告げた。


「何をしている」
「半蔵様に倣って、雪を見ていました」
「……何故」


怪訝そうな表情で尋ねる半蔵に、なまえはどうにも照れくさい気持ちを噛み殺しながら、そっと半蔵から視線を逸らす。
視線の先には、降り止まぬ雪が音も無く積もってゆく。


「半蔵様を真似てみたら、少しでも半蔵様のお心が判るのではないかと思って…。でも、私にはちっとも判りませんでした……」


気恥しそうな笑顔で、なまえはそっと半蔵へと視線を戻す。
馬鹿なことを、と笑われるだろうか。そんな思いが瞬時になまえの頭の中を駆け巡る。
だが、次の瞬間にはなまえの思考が停止した。

コツ、と触れ合った互いの額。
覗き込むようになまえを見つめる半蔵の瞳。
唇が触れ合うのではないかというほど、互いの距離が近い。


「判らずとも良い……」
「っ、え…」
「知りたくば、俺に問え」
「…半、ぞ……」
「お前が問えば、応じよう」


互いの額が離れたとき、半蔵の口元にはほんの僅かに笑みが浮かんでいた。
その表情がとても優しく、なまえは自分の顔が火照って行くのが感じられた。

そのままくるりとなまえに背を向けて部屋へと戻る半蔵の後ろ姿を見つめながら、なまえはこの音のない世界で、確かに自分の心臓の音を聴いたのだった。




明るい暗闇で
(確かに恋の音を聴いた)


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