sleep | ナノ

殺め、謀り、血に塗れた生き方しか己には無いと思っていた。
それは当たり前のことであり、その生き方に何の疑問も持っては居ない。
それが今はどうだ、と半蔵は自問せずには居られない。

戦場に身を置けば、いつかは己の身にも同じ危険が降りかかるということは、どう考えてえも有り得ることだというのに、この所は無事に帰れることに少なからず安堵を覚えている。
忠勝に話せば、「死を恐れぬ余り無謀な戦術を取るよりは良いではないか」と笑って躱された。

そんな事を考えていたある日、半蔵は主、家康より北条氏の城への潜入と情報収集の下知を賜った。
忍装束に身を包み、懐にはくないや手裏剣、小刀などを仕込み、陽の高いうちから出発しようと自室を出ようとしたところに、聞き慣れた声が悲鳴を上げるのが半蔵の耳に入った。

部屋を出、庭先へと駆けつけた時に半蔵の目に入ったのは、尻餅をついたなまえと引っ繰り返った手桶、その手桶でバシャバシャと水遊びをする野良の子犬の姿。
そのなまえの目の前にずいと伸ばされた手の先に半蔵が居り、なまえはそこで漸く、自分が彼の人の前で醜態を晒していると気づき、頬を染めた。


「あの、半蔵様…、その……」
「手を…」


言われるがままに手を差しのべると、ぐいと強い力で身体を起こされる。
着物に付いた汚れを叩き落としながら、なまえは半蔵へと何故か言い訳をし始めた。


「あの、庭に水やりをしようと思ってたんです。そうしたら軒下からこの子犬が突然飛び出してきたものですから、だからびっくりして…。それでその…半蔵様にあのような醜態を……」
「……怪我は」
「大丈夫です、ありませんでした。あ……」


転んだことへの言い訳を散々した後で、なまえは目の前にいる半蔵が戦地に赴く時と同様の装束を身に付けていることに気がついた。
そんなお勤め前の大事な時に何をしているんだろうか。
自己嫌悪にかられながら慌てて頭を下げると、なまえは「お勤め、お気を付け下さいませ」と半蔵に見送りの言葉を告げた。

間を置かずして、頭上で半蔵がふと吐息だけで笑ったのが感じられる。
そのことに驚いてなまえが思わず顔を上げると、すっと伸ばされた半蔵の右手がなまえの左頬に触れた。


「勤め前に、余計な力が抜けた。謝す」
「あの、その……ご無事にお戻り下さいませ」


真っ赤に頬を染めたなまえの頭をぽんぽんと軽く撫でてやると、半蔵は軽々と地を蹴って屋根へと飛ぶと、着地と同時に屋根を蹴り、木々の間を走り抜けた。
無事に戻りたいと思うようになったのは、どうやらなまえが居るかららしい。
そう気づいた半蔵は、一変して表情を引き締めると、音も無く敵地へと足を急がせた。



でも突然、恋に落ちて
(生きている意味の尊さを知ったんだ)


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -