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沢山の徳利を乗せた盆を両手で抱え、なまえは喧騒の中へと足を踏み入れた。
宴席で盆の上の徳利を配り歩きながら、なまえは時折声を掛けてくる武将達と言葉を交わす。
ぱたぱたと忙しなく動き回り、盆の上もようやく空こうかという時、なまえはやっと半蔵が座る場所へと向かうことができた。


「半蔵様、忠勝様、追加のお酒をお持ちいたしました」
「ありがたく頂戴しよう」
「…謝す」

二人に残った二つの徳利を手渡していると、突然なまえは後ろから腕を引かれ、ぐらりと体勢を崩した。
その拍子に、半蔵が徳利を受け取ろうと伸ばした手には、注ぎ口から跳ねた酒がバシャリと掛かってしまった。

「こちらにも酒をくれ」
「なまえ殿ではないか、我らと飲もう」


半蔵たちの傍で飲んでいた彼らは既に相当酔っており、なまえが離してくれと懇願しても掴んだ腕を離すことなく高笑いするだけである。
その傍ら、みるみる苦々しげな表情に変わっていく半蔵に気付いたのはどうやら忠勝一人だけで、その忠勝はというと、気付いていながら笑顔を浮かべて成り行きを止めもしなかった。


「私、お酒は飲めませんので…」
「まあそう言わず」
「ですが…」


困惑しきりのなまえだったが、突然のドンッという音に、今度は一転してびくりと身体を竦めた。
見ればそれは、半蔵が拳で畳を殴りつけたことで発せられた音だった。


「長居無用…用向きが済んだのなら去れ」


その威圧的な空気と声に、なまえに絡んでいた二人も瞬時に酔いが醒めたような感覚に陥り、慌ててなまえの腕から手を離した。


「お邪魔をして、申し訳ありませんでした」


両手をついて頭を下げ、半蔵へと謝罪すると、なまえは涙が出そうになるのをぐっとこらえて早足で宴席を飛び出した。
なまえが去った後は、また何事もなかったかのように場は喧騒で包まれた。





「半蔵、お主は相変わらず不器用な奴だな」
「……戯言を」


愉快そうに笑う忠勝を尻目に静かに半蔵が立ち上がると、今度は忠勝が声を上げて笑い出した。
半蔵が何をしにどこへ行くのかが手に取るように分かる忠勝は、戻らずとも良いぞ、と声を掛けたが、半蔵は憮然としたまま宴席を出、廊下へと消えた。



なまえはというと、廊下を渡り切った曲がり角で宴席に背を向けた形で立っていた。
人の気配に振り返り、そこに居たのが半蔵だと分かると、なまえは慌ててごしごしと涙を拭う。


「半蔵様…あの、お邪魔をして申し訳ありませんでした。せっかくの宴席なのに半蔵様を怒らせてしまうなんて…」
「否……」


そう告げると半蔵はふんわりと包み込むように腕を回し、なまえの腰の辺りで手を組んでその華奢な身体を抱きしめた。
トンと肩口に重みを感じ、なまえは半蔵が自分の肩に額を乗せたのだと分かった。


「怒気に非ず…。だが、先は辛い思いをさせた……」


優しい抱擁に、彼が自分を守ろうと先の行動を取ったのだということになまえもようやく気付いた。
言葉数が足らずとも、この愛おしそうな抱擁が全てを語っている。
半蔵の優しさに触れ、なまえはとても温かい気持ちになった。


「半蔵様は…先は助けてくださったんですね。本当にありがとうございました。泣いたりして、失礼なことをしてしまいました…」
「否、謝辞無用…」


回した腕はそのままで少し身体を離すと、半蔵はこつ、となまえと額を合わせた。


「忠勝を待たせて居る故、これで」
「はい、久方ぶりの宴席ですのでお楽しみ下さいませ」


くるりとなまえに背を向けて宴席へと戻る半蔵の後姿を見送りながら、なまえはその場にへたり込みそうになるのを堪えるように、ぐっと両足に力を込める。
ついに決定的にほれてしまった、と紅く染まった頬を両手で覆ったことは、半蔵にも気付かれなかった。


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