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ペドロヒメネス・デ・コセチャ


どんっ!
と叩きつけたグラスの中で
透き通ったワインがゆらゆら揺れた。


「それでねっ、彼ったら何て言ったと思う!?」


「あはは、相変わらず面白い彼氏さんだねー」


面白くないっ!
私は再びグラスを強く叩きつけた。
今度はワインの雫がグラスの外に飛び出し
テーブルを少し濡らした。

他人から見たら面白くってもね、
私はもうウンザリなのよ!
そう、私はエルとまた喧嘩をした。
そして滞在していたホテルを飛び出し友達を呼び出して
女子会という名の愚痴会を開催してるわけだ。
思えばこんなのも久しぶりかも。


「それより早くその彼氏さんに会わせてよ〜、
わたし彼氏さんの名前すら知らないんだけど。」


「あっ、ごめんね、
彼探偵だから他人に素性知られるのとかまずいみたいで…」


言ってて少し悲しくなった。
エルと付き合って得たものってなんだろ。
こうして友達と会う時間も減っちゃったし、
普通に彼氏の愚痴や自慢も出来ないし、
甘党だし猫背だし変人だし隈だし…


「でも真幸、彼氏さんのこと大切なんだね。」


「えっ、どうして?」


「そういう彼氏なら私、むかつくことあったら
彼の素性を全世界にばらしてやるわ!
それをしないってことは、やっぱり大切なんだなって。」


…確かに、
私のせいで彼が傷つくのは嫌だ。
どんな酷いことをされても、それはきっと確かだ。


「…ごめんっ、わたし帰る!」


「おーっ!頑張ってねー!報告待ってるよ〜」


帰らなきゃ。大切な彼のもとに。
ちゃんと仲直りしなくっちゃ。










「た、ただいまー…」


急に飛び出してきちゃったから少し気不味かった。
けど私の帰る場所は、ここしかないんだ。


「遅かったですね。おかえりなさい。」


彼はまるで私が帰ってくることを
知っていたみたいに平気な顔だ。
…むかつく。自分が原因つくったくせに。

とりあえず嫌味でも言ってやらなくちゃと思い
息を大きく吸った時、
初めて胃に違和感を覚えた。


「っ……」


「……真幸…?」


「ごめん…吐く。」


久々なのに、飲み過ぎた…
あぁ、どれもこれもエルのせいよ…


「っ大丈夫ですか…!?
トイレまで歩けそうですか?洗面器持ってきましょうか、」


あ、れ、おかしい、
エルが、動揺してる。

あぁ、そっか…馬鹿だ、私…
私も、大切にされてたんだ。

エルの肩を借りてトイレまで歩く途中
ふと部屋を見れば机の上のおやつが
私が出て行った時から減ってない。
さっき見えた彼の親指の爪はいつにも増してガタガタだった
彼は平気なフリをしているだけで、
本当に平気なわけじゃない。
おやつも食べずに爪を噛んで、
帰るかどうかもわからない私の帰りを
待っててくれてたんだ…


「エル…ごめん…」


「何言ってるんですか。
病人は黙って甘えてください。」


「違うの私…っ、ぅえ…」


「大丈夫です、辛いでしょう、吐いてください。」


あぁちゃんと謝りたいのに。
便器とご対面だなんていつ振りかしら…
私の背中をゆっくり擦る彼の冷たい手がすごく気持ちい。
でも、駄目、胃が苦しくって息は荒くなるけれど、


「駄目、エル…吐けない…」


私がそう呟いた瞬間、
失礼します、と耳元から彼の声がしたと思えば
2本の指が喉に侵入してきた。

そして見つめた先にある揺らぐ便器の水と
ワインの水面が脳内で重なった時、
喉の異物を排除しようと体が生理反応を起こした。






















「…水をお持ちしました。
大丈夫ですか?飲めますか?」


「…ごめんなさい。」


水を受け取らずに背を向けたまま私は答えた。
振り向けるはずがなかった。


「何がですか。」


「…情けないとこ、見せちゃって。」


本当に最悪だ。
好きな人に、あんなとこ…
彼の手や服を汚してしまったし、
吐いたものの後処理や掃除をしてくれたのもエルだ。
普段自分の身の回りのことは
いつもワタリさんに任せきりなくせに。

それに、それに…

勘違いしてた。
エルが動揺しない、だなんて。
エルはちゃんと私を愛してた。
心配してくれてたんだね。


「…ごめんね…びっくりさせちゃって。
あんなとこ見て、嫌いになったよね…」


「…馬鹿ですね。」


彼が私の顔を覗き込んできた時、
初めて彼と目が合った。
彼は呆れた声で優しく笑ってた。


「嫌いになるわけないでしょう…
馬鹿で意地っ張りで、
少し喧嘩したくらいで吐くまで飲んでしまう真幸でも、
好きなんです。大切なんですよ…」


彼はそう言って
私を緩い力で優しく抱きしめた。
まるで壊れ物を扱うように、大切に。
今更気づいた彼の気持ちに、
低体温な彼の温かさに、涙が出た。


「ごめんね…ありがとうっ…」


「いいえ、そういうものなんですよ、好きなんですから。
…私の方こそすみませんでした…これで仲直りですね?」



そう言って優しく微笑む彼の透き通った瞳と
グラスの中のワインが脳内で重なった時、
彼の首に捕まってくちづけを交わした。






「あ、ごめん、キスしちゃった、げろ臭くなかった…?」


「とんでもないです、吐かせてる間
目を潤ませて苦しむ貴女の姿、そそりました。」


「……そういうものですか…」


「そういうものです。」











































20130127
嘔吐ネタって大好きなんです。
エルで書けてよかったです。
タイトルの「ペドロヒメネス・デ・コセチャ」は
世界一甘いワインの名称らしいです。
タイトルを決めるにあたりググって得た知識なので不確かです←



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