日向(AB!) *切
「ごめん、立ち聞きする気は、なかったんだけど…」
「聞かれちまったもんは仕方ないな、」
「そっかぁ…みんなを、帰してあげたいんだね」
保健室から聞こえる穏やかな音無くんと奏ちゃんの声を耳にして、触れたドアから手を放した数分前の私。内容は、人間である私たち戦線メンバーを、岩沢さんのように旅だたせてあげよう、というもので。
彼女は、満足して、嬉しそうに、誇らしげに、私たちの前から消えていって、それを見ていた限りだと悪いことじゃないってことはわかってたけど、みんなは、みんなが消えてしまうことを恐れて今まで手をつけずにいた類の話。
でも、みんなが幸せになれるなら、私は喜んでその案に賛成。そう言って2人に協力する旨を伝えた。
音無くんは、最初にユイを送ってあげようと言った。
ユイ。岩沢さんの後を(なんとか)継いでガルデモのギターボーカルをやってる後輩。いつも元気いっぱいで、明るくてよく懐いてくれてるけど、ちょっと口が悪いのが玉に瑕。そんな彼女がいなくなるというのは、ちょっぴり寂しくて、胸がチクリと痛んだ。
***
刻々と時は迫っている。音無くんは終わりがみえないと思ってるみたいだけど、私には、そうは見えなかった。
ユイは総てのことに全力で、心から楽しんでいて、とても眩しくて。なにかに打ち込めるっていうのは、とてもステキなことだとつくづく思う。
そして、その日はやってきた。
いつものように、ホームランを打つべくユイがバットを握る姿を私はベンチから見ていた。今日は打てるかな、そう考えつつ見ていても未だホームランは打てず、日はどんどん沈んで。ふと手が止まったふたりが視界に入り、どうしたものかと目を凝らす。なんだか、音無くんが複雑な表情をしていた。
私もベンチから立ち、ふたりに近寄ろうと思ったとき、視界の隅に、青。日向の姿を見つけると同時、ふたりの会話が耳に入り込んで。
“結婚”ユイの本当にしたいことは、それだった。けれど、自分を卑下して、嘲て、笑う姿は誰がみても弱々しく、私はこの場から動けなくなってしまうほどに痛い想いを感じ、立ち尽くす。こんなんじゃ、全然満足じゃないじゃん。幸せじゃないじゃん。ユイには、妥協しないで、岩沢さんみたく最後までやりきってほしいの、に。
そのとき、隅で止まったままだった日向が、一歩踏み出した。
大きく響く声。結婚してやんよ、その言葉に、私は何故か動揺を隠しきれなかったように思う。どうしてなのか、そんなことは自分が一番わかってる。
ユイは、穏やかな笑顔で涙を流し、そして、バイバイを言う間も無く、私たちの前から姿を消した。
涙が、溢れて止まらなかった。
日向が言う、まだまだ心配なやつの中に、私はいるのだろうか。それはわからないけれど、私は自分のこれからが、全く見えなくなってしまった。
0330 (23:23)