実弥(kmt/学園)
「しなずがわせんせ…?」
舌足らずな話し方は随分と耳に残っていた。
それは遠い記憶。刀を握り、人ならざる者と日々戦う中で、まるで平和な世界に身を置いているかのような感覚になる瞬間。
「あ、いや…」
咄嗟に掴んでしまった腕は、思った以上にしっくりきて、ああ、これはだめだ、と。
気づいてしまったら最後だった。際限なく溢れる前世での記憶は同僚にあった時よりも遥かに情報量を持って毎日襲い来る。
廊下ですれ違って引き留めてしまった彼女は、鬼殺隊に身を置いていたころに恋人だった存在だ。けれど、この反応をみると覚えているのは自分だけで。
“さねみくん”
呼んでほしい。触れてほしい。その目に自分をうつしてほしい。教師と生徒となった今、そんな願いは叶うはずもないが、願わずにはいられない。
「どうか、しましたか?」
「悪い、引きとめて…知り合いに似てだもんだからよォ」
頭にはてなを浮かべたような顔は、誰のことも疑わないこいつが変わっていないことを象徴するようだった。
先に逝ったのはどちらだったか。お互い痣者で、同い年。母親があんなことになったときも、玄弥があんなことになったときも、隣にいた存在。長くとも25歳までしか生きられないと言われ互いの運命を呪わずにはいられなかったけれど、鬼を滅し、短い余生を共にすると決めた唯一の―――。
無意識に掴んだままの手に力が籠ってしまったのか、眉を顰めた彼女が目に入り、慌てて放すと、今度は驚いた表情を浮かべる。
何故驚く?わからない。けれど、お互い一歩も動けず、放課後の喧騒が遠ざかっていく感覚がした。
「いつもそうやって、」
もごもご動く口元は、俯いてしまった所為で見えなくなる。スカートを緩く握るその仕草は、緊張しているときによくするクセだった。
「知り合いなんてひどいなぁ、さねみくん」
恋人、っていってよ。
そう言って目を潤ませながらも照れたように笑う彼女を抱きしめると、記憶と寸分変わらない感触に、不覚にも自分も鼻の奥がツンとした。
0825 (18:32)