一方通行(禁書)
彼のあんな表情、見たことなかった。そう思い、往来で女は立ちつくす。
女の名前は誰も知らない。本人ですらよくわかっていない。
先日ふと目が覚めたとき薄暗い部屋から出た女は、空っぽになったような胸中と、物音ひとつしないゼロの脳内と共に、なにかを探し歩いていた。
その最中だ。視界に入った人物。
細く、白く、明らかに周りと違う空気を纏う人物と、小さな女の子から、女は目が離せなくなる。そして感じたのは寂しさ。なぜなのだろうか、空っぽの記憶が騒ぎだす感覚に痛み出した頭を抱え、女は蹲った。
暗い。苦しい。つらい。痛い。虚しい。恐い。死にたい。逃げたい。でも逃げだせない。
――会いたい。
一気に甦る感情の数々に涙が溢れる。荒れる呼吸を整えるように必死に息をする女は、最後に浮かんだもので合点。寂しさを感じた理由はこれか、と。
「アク、セラ、レータ」
女は無意識に呟いた言葉に不思議なほど安心感を覚えたと同時、聞こえた声に“名前”を呼ばれて顔をあげると、いつのまにか目の前に立っていた真っ白な彼が、焦ったような顔に安堵の色を浮かべた。
0303 (17:19)