01

 大学のころから三年間付き合った彼女が、俺のもとを去った。原因はありきたり。仕事が忙しくなり、会えない時間が多くなって、そのせいですれ違って、彼女には他に好きな人ができたらしい。その相手と付き合ってるとか二股だとかそういうことはなかったけど、とにかくもう俺相手に恋心はないのだと彼女は言った。だからごめんなさい、と。

 俺が惚れて、押して、やっとの思いで漕ぎ付けた恋だった。
 すれ違いはじめたときに、いつかこうなることをどこかで予想はしていたけれど、ショックだった。

「光也(みつや)、飲みすぎ」
 高校からの友人である片瀬の部屋に転がり込んで俺は荒れた。自分の部屋には彼女との思い出が詰まっていて、一人でいるのは耐えられなかった。そうでなくとも、酒を煽らなければ、泣きそうだ。男だって、恋に傷ついて泣くのだ。
「おれ、そんなかっこわりぃかなぁ」
 何度めかもわからない俺の同じ台詞の愚痴に片瀬は「お前はかっこいいよ」と苦笑しながら付き合っている。
 この片瀬という男は俺の友人の中でも一際できた男だ。俺の乏しい表現力で言わせて貰えば「甘いマスク」ってのがぴったりに合う色男だ。身長はそんなに変わらないが、弓道をしてるこいつの上半身は結構いい体だ。柔和で懐が広く動作もゆったりとしているせいか、おれよりも大人に見える。
 俺はこいつが怒ってるところとか、人に当たっているところを見たことがない。付き合いももう10年になろうかというのに一度も喧嘩したことがなく、こうやって悩んだり落ち込んだりしたときにそばにいてくれたのはいつもこいつだった。

 そう思って、俺はまた彼女の言っていたことを思い出す。

――光也君はさ、私に弱みも見せてくれなかった。
――私、彼女なのに、光也君を支えることもできなかった。
――新しくできた好きな人はね、私を頼ってくれるの。

 俺は男で、プライドがあって、女の子に頼られたいとは思うけど、弱いところなんて見せたくない。

 俺の愚痴が行き着く場所は全部片瀬だった。

 片瀬は俺を裏切らない。いつだって呆れながらもドアを開いて俺を受け入れてくれる。こいつとはこういう形で一生付き合っていくんだろう。俺とこいつの友情の形ってのは、もう完成されて、固まってて、これ以上変化はしないだろう。そう思うくらいに、俺はこいつを信用している。
「もう、いーや……しばらく彼女いらねー……片瀬、俺を慰めろ」
 俺がそう言うと、片瀬は困ったように眉を寄せて笑った。
「それは無理だ。恋を癒すのは新しい恋だってよく言うじゃないか」
「今そんな気にはなれねーよ」
 彼女を思うと、まだ胸がいたい。
 恋ってのは、なくなったとたんに関係がゼロになる。別れた後もいい関係を、なんてのは俺には無理だ。「恋人」でなくなってしまえば俺たちはもう「他人」でしかないのだ。
 俺はもう、彼女が恋人だけに見せるのあの甘い笑顔を見れない。
 恋には終わりがある。そんな当たり前のことが馬鹿みたいに苦しい。

「おまえが一生そばにいてくれるなら、それでいいや」

 友情は一生だもんな、としらふでは言えない恥ずかしいことをふざけたように尋ねれば、

 片瀬は何故か「え」とつぶやいて苦しそうな表情になった。

 そんな返事が来ると思わなくて、逆に俺は驚いた。いつもならシリアスにもならず「当たり前だろ」と笑ってくれるところだ。
 からかわれたのかとおもって片瀬を見ると、片瀬は何も言わず、顔を伏せて何かに迷うように押し黙る。とてもふざけているようには見えない。むしろ、今まで見たことも無いくらい、真剣な表情をしている片瀬がいる。
 
「かた、せ?」

 片瀬が、俺を見る。悲しそうに笑う。

「俺は、お前の友達なんかじゃないよ」

 片瀬の台詞に、俺の根幹を支えていた自信が、ぐらりと揺らいだ。

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