高校時代

 いつが一番好きかと聞かれたら、俺はいつも「高校時代」と答えていた。ありきたりな青春ストーリーとまではいかないが、あのころ、毎日が充実してきらきらしていたと思う。思い出すたびに懐かしさや愛しさがこみ上げる情景を、おれは大切に思っていた。
 学校祭や修学旅行のような行事はもちろん、帰り道やテスト前の勉強風景にも、隣にはいつもあいつがいた。だけど最近は、その景色が滲んでかすれ、うまく思い出せなくなっている。思い出そうとすると、つきんと痛みを伴って、胸が苦しくなる。

 俺の見ていた景色は、本当に存在していたんだろうか。

 俺の記憶の中で、親友だったあいつはいつでも穏やかに笑っていた。
 おれに一切の疑念を感じさせずに友人を装っていた片瀬。どこに俺への恋情を隠していたのかと当時に思いを馳せると、やるせない気分になる。
 あのときの片瀬の笑顔は、返事は、仕草は、どこからどこまでが本音だったんだろう。
 本当はあんな穏やかな顔じゃなかったのかもしれない。俺が自分の望むように記憶していただけで、あいつはもっと苦しげな表情をしていたのかもしれない。
 俺にとってのかけがえのない幸福な時間は、あいつを苦しめた時間だ。楽しくて綺麗だと思っていた思い出は痛みを孕んでいた。

 信じていた土台がくずれる感覚は、今でも唐突に俺を襲う。

 二人の思い出を語るとき、共通の友人と会ったとき、あいつが切なげに懐かしむような顔をする。それを見ると俺はたまらなくなる。高校時代も、お前は俺と一緒にいながらそんな顔をしていたんだろうか。そう考えてしまう。
 恋慕を隠して俺の親友を演じていた片瀬を、裏切りとは思わない。
 むしろ、こいつが苦しんで俺が謳歌した分、俺はこいつを幸せにしてやりたい。
 断っておくと、これは贖罪なんかじゃない。おれは、あいつの気持ちにずっと気づかなかったことを、謝るつもりは無い。だって、俺だってあいつのことはずっと「好き」だったんだ。謝るということは、おれの「好き」があいつの「好き」よりも軽かったと認めるみたいで許せない。
 ただ、イヤなんだ。大好きな片瀬が俺のことでずっと苦しんでるなんて俺が許せない。
 これはわがままだ。
 俺と一緒にいて幸せだと思って欲しい。片瀬の、疑いようの無い幸せそうな笑顔が見たい。俺に遠慮するような取り繕った笑みは、いらない。

 俺よりでかい片瀬の身体を抱きしめる。

 抱え込んだ身体は、女とは全然違う。彼女を抱いたときは腕がもっと余るのに、片瀬だと全然余らない。身体も分厚くて、片瀬の背中で交差する俺の腕はなんだか遠くに感じる。お互い男なんだなぁと思い知らされる。
 そうだ。わかってる。おれはちゃんとわかってる。俺もお前も男で、同情なんかじゃこの関係は続かないってことはわかってる。そんなの全部承知の上で、やっぱりお前が良い。お前じゃなきゃ駄目だ。お前が隣で笑ってたら、俺は最高に嬉しい。いつが一番好きかと聞かれたら、二人で一緒に「今」と答えられる関係でありたい。

「……だからさ、観念して俺と結婚しろよ。片瀬」

 往生際の悪い片瀬に、俺は何度だってそう言うんだ。

--end--

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