(ユーアーマイプリンセス!)


(え、えっ、ぇええええッ?)





【 ハッピー・インステッド 】






どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

HAYATO様のライブで道に迷った時にも、何度も思ったその言葉。
あの時の比にならないほど、それは今、私の頭の中を占領してしまっている。胸のドキドキは音符となって体を駆け巡り、今にも体から溢れてしまいそうで。

私は抱えた楽譜をぎゅうと抱きしめ、ずるずると壁際に座り込んだ。大きく息を吐けば体にかかる重力が増したように思えて、ペタンとつけたお尻の下、固い石造りの床の感触が少し痛い。

「ちょっとだけ……休憩……」

クラリクラリ、目の前が揺れるのは、昨日も遅くまで作曲に精を出して……寝不足の状態で、全力疾走したからでしょうか。
でも、この目眩もしばらくすれば収まるはず。何度も深呼吸して、もっと落ち着いてから、また立ち上がらないと。

立ち上がって、走って……なんとか女子寮まで辿り着ければ、今日はもう大丈夫なはず。
そう、思っていたのですが。


――カツン、


「……ッ!」

遠く響いてきた靴の音が、段々と近づいてくることに。

まだ思うように動けない私は、ただただ身を強ばらせるしかなかったのです。



***



――なーなみー! 次の実習ペア組もうよ!

――七海、ちょっといいか。先ほどの課題の、この部分なんだが……。

「あ、あの……」

――あっいたいた。おーい七海ー! メシ一緒に……。

――探したよ子羊ちゃん。君のために空けておいたんだ……座ってくれるね? オレの、隣に。

――っておいレン! 邪魔すんじゃねーってぇ!

「えーと……あのぅ……」

――あっ。

「あっいっ一ノ瀬さん……!」



そんな具合に、教室で、食堂で、廊下で。
普段であればありがたく、でも、今ばかりはありがたくないようなエンカウントが続いた私は、よろよろと自席についてこっそり溜息を吐きました。

「……もってもてだね〜?」

そんな私を眺めて、机に頬杖をついて、によっと笑みを浮かべるトモちゃんに。私は苦笑いを返すしかありません。

――ここ、早乙女学園では、アイドルコースと作曲家コースに生徒の所属が分かれています。
そして、アイドルコースの生徒と作曲家コースの生徒はペアを組み、卒業オーディションに向けて曲作りをすることになります。
アイドルコースの方はもちろんアイドルを目指し、作曲家コースの私はアイドルへ歌を提供するため。デビューという夢に向かい、ペアを組んだら二人三脚で頑張っていこうと思っているのです、が。

……なんと私、同時に6人もの方からペアを申し込まれておりまして。

(おばあちゃん……私、どうすれば)

どなたかを選べば、どなたかに残念な思いをさせてしまう……それが分かっているから、誰も選べない。
そんな状態なものだから、前述の6人の方から、毎日変わらずペアのアプローチを受け続けてしまっているのです。

いつも明るく、優しい一十木くん。
物静かで、思慮深い聖川さん。
(言うと怒られちゃいますが)可愛くて、元気いっぱいの翔くん。
華やかで男性の色気に溢れている神宮寺さん。
私の憧れのアイドル、HAYATO様……本人である一ノ瀬さん。

そして。「――ハールちゃんっ」

「ひっ、し、四ノ宮さん……!」

ぽんっ! と突然両肩を叩かれて、思わずびくついてしまいました。
振り向いた先のすぐ傍、眼鏡越しの若草色が見えて。端正なお顔が私の視界を埋め尽くます。
……あまりの距離の近さに、仰け反った私の頬に血が上る感覚が走りました。

6人の内の、最後の一人はこの方……四ノ宮さん。
同じAクラスに所属していたり、以前はたまたま一緒にライブに行ったこともあったりと、普段から仲良くさせていただいているのですが。
そんな彼からも先日、卒業オーディションのペアを申し込まれたのです。

「え、ええと……」

何の用でしょう? と首を傾げると、四ノ宮さんもこてり、私と同じ方向に首を傾げられました。ふんわりとしたミルクティー色の髪が、私の視界で揺れ動きます。

「那月って呼んでくれた方が、嬉しいなぁ」

そう言ってむぎゅりと、私が座っている椅子ごと抱きしめられてしまいました。み、みみ密着してますッ! 見た目よりずっと逞しい腕に包まれて、その温もりに心臓がひっくり返りそうです。

「そんな、恐れ多いです……!」

そして、この体勢はとても恥ずかしいです。
どうしようかとドキドキオロオロしていたら、「ちょっと! セクハラ禁止!」とトモちゃんが四ノ宮さんを引きはがしてくれました。ごめんなさいトモちゃん、お手を煩わせてしまって……。

「ええ〜、セクハラじゃないですよぅ。ちょっとしたスキンシップです!」
「だまらっしゃいッ! あんたはそのつもりじゃなくってもねぇ、傍目にはそうじゃないの!」

こちらを見て顔をしかめている聖川さんも、自席でうんうんと頷かれていますし、トモちゃんの言う通りなのでしょうか。
その、私もセクハラとは思っておりませんが……ちょっとどころじゃなく過剰なスキンシップじゃないかな、とは思います。
嫌ではないんです、でも、すっごくドキドキしてしまうので、困ってしまうんですよね。頬の熱が収まらなくて、まともに四ノ宮さんの顔を見れません。
このように、ペアを申し込まれて以来、四ノ宮さんにぎゅっと抱きしめられることが増えた気がします。

「それはそうとー。ねぇハルちゃん、この後僕と一緒に……」

「ハールーちゃーーん! どこぉーーー!?」

ちょうどその時、廊下の方から月宮先生の大声が響き、何かを言おうとした四ノ宮さんの声がかき消されてしまいました。
……聞き返した方がいいのでしょうか? けれど、切羽詰まった先生の呼び声がどうしても気になってしまった私は、慌てて席を立って廊下へと向かいました。

「あっハルちゃ……」

背後から困ったような、寂しそうな響きの四ノ宮さんの声に。振り返りそうになるのを、抱えた楽譜をぎゅうと抱きしめることで堪えます。

(ご、ごめんなさい……!)

この胸のドキドキも、離れたら少し落ち着く気がして。私は教室のドアを開け、急いで月宮先生の元へ向かいました――。



***



月宮先生のご用事は、簡単な雑用でした。
何か大変なことが起きたのかと思ってたけれど、大事じゃなくて良かったです!
私と一緒に先生を手伝っていた一十木くんが、んーっと大きく伸びをしています。私より重たい荷物を沢山持ち運んでいたから、疲れちゃったのでしょうか。
お疲れさまです、そう声をかけたら、一十木君はニコッと笑いかけてくれました。
向日葵みたいな満開の笑顔は眩しくて、ついドキッとしてしまいます。
「もう終わりみたいだし、七海、一緒に帰らない?」
「こぉら、オトくんはまだダメよ〜」

あなたは、ほ・しゅ・う☆

と、横からにゅっと私たちの間、に月宮先生が割り込まれました。
その言葉に、そんなぁ! とこの世が終わってしまうんじゃないかというくらいにショックを受けた顔をした一十木くんでしたが、スマイル全開の月宮先生に首根っこを掴まれて、ずるずると引きずられて行きます。

「あ、それでは私はこれで……」

連行されていく一十木くんに助けを求められましたが、補習というなら勉強の邪魔をしてはいけませんし……。
片手をあげて、お見送りするくらいしか、今の私には出来ませんでした。

お二人の姿が見えなくなった所で、さあ私も行かなければと。踵を返し、校舎の外へ向かうべく足を動かしていきます。

(……今日の課題のメロディライン、どう直しましょう……)

ふとすれば、考えるのは音楽のことばかり。私の胸の中で自然と鳴り響くメロディを音符に変えて、思い浮かべた課題の楽譜の上に乗せていきます。

空想上の音を奏で、あれやこれやと試行錯誤。そうしてぼんやり考えごとをしたまま、ただ足だけを動かしていたのですが。

「――ッあっ?」

――ガシ、と。
突然肩を掴まれ、驚いてつんのめりそうになった私の身体を、誰かの腕が支えてくれて。
その腕の元を辿れば、先ほども見た優しい緑色の眼差しが、私に向けられていました。

「ごめんねハルちゃん、呼んでも気づいてなかったみたいだから、つい」

そっと、私の上体を起こしてくれたのは、四ノ宮さんで。ぱちぱちと瞬きを繰り返す私へ、ふんわりとした笑顔を落としてくれました。

「ぃ、いえこちらこそっ。ぼんやりしちゃっててすみません……」

思考に没入していたことが気恥ずかしくて、俯き気味に謝る私を、四ノ宮さんの大きな手が撫でてくれて、なんだかますます恥ずかしい。
ちらりと上目遣いで見上げた先の四ノ宮さんは、やっぱり穏やかに微笑んでいて。
怖いくらいに整った甘く男らしいお顔はとても魅力的で、目が離せないような……自分が見られている恥ずかしさに負けて、顔を逸らしたくなるような、複雑な心地になってしまいます。
……そういえば、誰も通らないこんな廊下の片隅で出会うなんて。四ノ宮さんは何をしていたのかしら、と疑問に思って首を傾げると、私の考えを読みとったのか、彼はにっこりと嬉しそうに笑いました。

「一緒に帰りたいな、って思って……。

 待っていたんです。僕のお姫様を」

そう言って四ノ宮さんは、私の手首を掴んで持ち上げて。私の指を食むように、形の良い唇で口付けてきたのです。

「!! あ、あああああの……!!」

「ねぇ、お姫様。どうか僕と一緒に歩んでくれませんか」

甘く切なげな視線と声に、ボンッと頭に血が上った私は、口をパクパクと開閉させることしか出来なくなってしまいました。
ただの帰宅のお誘いとは思えないような、熱烈な言葉。彼の唇に触れられている指が熱くて、熱くて。溶けてしまいそうで。
思考まで溶けそうだった私は、そのせいで……私の指が四ノ宮さんの眼鏡の縁に掛かっていたことに気づかず、とっさに闇雲に、腕を引いてしまいました。

互いに見開いた眼が、視線が交差したのは刹那。

「あっ……!」

私の指が弾いたそれはカシャンッと音を立てて、廊下へ落下してしまいました。
照明を反射する四宮さんの眼鏡のレンズを、ただ呆然とした心地で見おろせば、すぐに。

「…………おい」
「……ッ!!」

四ノ宮さんの纏う空気が変わって。
先ほどまで暖かな色を浮かべていた彼の双貌は、私を睨みつけるように細まって深い色を浮かべます。

四ノ宮さんが眼鏡を取ったら。“もう一人の”四ノ宮さんが現れる――。

四ノ宮、砂月さん。以前にも出会ったことのある彼と、今再び対峙した私は、彼の醸し出す圧倒的な存在感に息を飲み込みました。

穏やかでおおらかで優しい那月さんとは対照的に、猛々しく攻撃的な雰囲気の砂月さん。初めて出会った時はいきなり消えろと言われ、面食らったものですが……。

――しかし不思議と、今の砂月さんからは、以前受けた強い拒絶が感じられません。

あの時……HAYATO様のライブに乱入された際に、迫られた時のように。
肌をちりちりと焦がすような暗い情熱を、彼の全身から怖いくらいに感じ取った私は、びくりと震えてしまいました。

そんな私を見て取った砂月さんは、獰猛に口角を上げて。
愉悦と、何か……私の芯を侵すような強い光を瞳に宿らせて、私の顔を覗きこんできて低く笑ったのです。
――怖い。
はっきりとした危機感を覚えた私は動転し、反射的に彼に背を向けて。何も言わずにその場から、全力で逃げ出してしまいました。



***



(明日には……いつもの四ノ宮さんに戻られてるでしょうか)

いきなり逃げたのはとても失礼なことなので、きちんと謝らないと。那月さんだけでなく、もちろん砂月さんに対しても。
折角、一緒に帰ろうと言ってくださったのに。私の態度に傷ついてしまっていないか、今更不安になってどうしよう、どうしようと身が縮まります。

そんなことを考えながら休んでいたのですが。
……こちらへ近づいてくる靴音にざわりと私の背筋が粟立ちました。

この存在感。間違いなく……砂月さん。
慌てて立ち上がったものの、よろけた私が壁に手をつく間に、はっきりとした足音はすぐ横でピタリと止まりました。

「よくも逃げてくれたなぁ……?」
「……ぁっ」

腕を取られ、壁に縫い止められる私の足下でパサリと楽譜が散らばって。
逃げんなよ、私の耳に彼のとろりとした低音と吐息が吹き込まれました。思わずビクンッと跳ねた身体を押さえつけるように、四ノ宮さんの掌が強い力で私の腰骨に食い込んで少し痛みます。

「さ、砂月さん……」
「俺だったから良かったものの、那月を傷つけるような真似はするな」

目の前からいきなりおまえがいなくなれば、あいつは絶対悲しむ。

そう、独り言のように呟いた砂月さんの声音は、どこか心配そうな響きを持っていて。
こういう話し方もするのかと、少し驚いた私が眼を見開いていると、気を取り直すようにフゥと息を吐いた砂月さんはまっすぐに、私の眼を見つめました。

「おまえ、卒業オーディションのペアは決めたのか」
「っ、そ、それは……」

決めかねて毎日困っているのですが、そうとは言えなくて。
困惑したまま見つめ返す私の眼に映る、砂月さんの表情は厳しく。試すような、挑むような……不可思議な光を若草色の双貌に宿しながら、こう断言したのです。

「迷ってんなら、那月にしろ」

「……え」

誰を選ぶのかと問われたことは何度もありいましたが、こんな風に誰かを指名されるのは初めてで……戸惑う私に、ぐっと顔を近づけた砂月さんはとても真剣な様子で、言葉を続けていきます。

「俺が作った曲を那月が歌えば、それでいいと思ってた。だが……那月の中からおまえを見ていて、実際におまえに会って、気が変わった」

そう言ってフッと男臭い笑みを浮かべる砂月さんは、私の腰を掴んでいる方とは反対の手で、そっと私の髪を撫でつけました。
その手つきは、さっき私を撫でてくれた、那月さんの手つきととてもよく似ていて……。
ドクンと急激に胸が高鳴って、顔に熱が集まる感触がありありと分かった私は、耐えきれずに視線を落としました。
すると、いつもなら閉められているネクタイが完全に緩められて、隆起した鎖骨が露わになっているのがなぜだか、とても色っぽく見えまして……。
ますます頬を染める私を、愉しそうに眺めていた砂月さんの顔が、再度近づいてきます。

ああ、やっぱり、私を見る眼にとっても強い……ゾクゾクしてしまう光が宿ってる。

その光に電撃にも似た痺れが体に走り、私が慌てて顔を背けるよりも速く動いた砂月さんに、私は。

――かぷりと、頬を甘く噛まれてしまいました。

「ひゃっ……!」
「……おまえがいれば、あいつは……強くなれるかもしれない」

小さな呟きが私の耳を打ち、私は反射的に砂月さんに尋ね返したのですが。

「それ、は。どういう意味、ですか……?」

けれど砂月さんは返答せずに、スッとポケットから眼鏡を取り出します。
いつも那月さんがかけているそれの弦を持って、くるりと回しながら。彼はまた真っ直ぐに私を見つめて、獰猛で、どこか切ない笑みを浮かべたのでした。

「用事がないんなら、一緒に」

 帰るぞ。

……その言葉が終わると同時に、砂月さんは眼鏡を掛け直して。

「……あれぇ? ハルちゃん? ここは……」
「四ノ宮さん……」

那月さんと、入れ替わりました。

間近でその瞬間を見届けた私の頭は、最後に見た微笑みと言葉でいっぱいになって。溢れそう、で。

「あ、楽譜落ちちゃってるね。待ってね、今拾うから……」

砂月さんでいた間のことは覚えていないという那月さんは、現在地を確認した後、すぐ私に気を遣ってくださって……その優しい様子と、先ほどまで一緒にいた砂月さんの姿が溶けて重なって見えて。

「……四ノ宮さんっ」

……いざ、自分で言うとなると、すごく気恥ずかしくなってしまったのですが。
胸にこみ上げるものに任せるまま、私は口を開きました。

「さっきはごめんなさい。一緒に、帰りましょう!」

しゃがみこんだ四ノ宮さんと目線を合わせ、ちょっとだけもじもじしてしまった指を、最後にはギュッと丸めて。

今度は私から逸らさずに。まっすぐ、眼鏡越しに彼の若草色を見つめました。
すると、驚いたように眼を見張った四ノ宮さんは――すぐに、パァッと満開に咲いた花のように破顔して、私をぎゅうっと抱きしめたのです。

「うんっ! 一緒にいこうね!」

すっぽりと四ノ宮さんの体に包まれて、ドキドキが止まらない私でしたが、とてもとても嬉しそうな彼の声を聞いて。

ふふ、と自然に浮かぶ微笑みと、与えられる温もりに、身を任せたのでした。



FIN


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ここまでお読みくださり、ありがとうございました。マジLove9話があまりに楽しすぎたので、今の内に書くしかないだろう!と思った那春寄り妄想文でしたが…いかがでしたでしょうか。公式でこんな流れがくるはずないだろうしな!と思いつつ、10話が楽しみでなりません。

アニメで絡みが少ない分、妄想補完の余地があるということで好きなように書いてしまいました。ゲームの序盤ではあまりハルちゃんに好意的じゃなかったさっちゃんも、グイグイいかせてみたり。ちょっと優しくさせすぎたなというのが反省点です。ゲーム時の印象がかなり混じってしまった…。
(あと、ほんとはもっとさっちゃんにえっちぃこと仕掛けてもらったり最後はお手々繋げさせたりしたかったけども、ギブアップしました。力不足ェ……)

それにしてもトモちゃんがすごく書きやすいです。
一方のハルちゃんの敬語一人称はしんどかったです。というかアニメだとここまで敬語じゃなかったような……どう書けばいいか分からなくて、ゲーム時の感じを踏襲してみたものの、難しかったです……orz
次こそあまあまいちゃいちゃちゅっちゅな那春が書きたいものだ。


2011.09.03




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