NOVEL | ナノ

 愛をささやけないたちなので

「Fairy Cat Tail」の睦月聖羅さまへ捧げさせていただきました。



出会いは最悪。俺のあいつに対する第一印象は「隣の部屋に住む、常識を逸脱したゴミ女」。一度おせっかいで部屋を片付けてメシを作ってやったのがきっかけで、ほぼ毎日あいつのメシを作る羽目になって、大学でも家でも朝から晩まで付きまとわれて、気付けば常にあいつと一緒にいるといっても過言じゃない生活を送っていた。

あいつの人間性だけは絶対に認めたくないと思っていたけど、それでも俺は、あいつの奏でるピアノに惚れてしまった。あいつのあの大きな手が奏でる多彩な音が、ただ感情で弾いているだけの素直な音が、俺の心を掴んで離さなくて。だから俺はあいつと共にパリに行く決心をした。あいつをもっと上へ連れて行ってやりたい。ただそれだけで。

けどいつの間にか俺は、あいつのピアノだけじゃなくて、認めたくないと思っていたあいつの人間自身を好きになっていた。俺を追いかけて必死になっているあいつを見て、どうしようもなく胸が痛くなった。あいつがいない自分の部屋を見て、どうしようもない焦りと不安を感じた。気付けばとっくの昔に俺の中のあいつは「常識を逸脱したゴミ女」なんかじゃなくなっていた。もっと、もっと大きな存在で。


あいつと付き合い始めて、俺は自分の気持ちをただの一度もあいつに伝えたことがなかった。元々自分の気持ちを表に出すことが苦手な俺は、愛の言葉なんてなおさらで。付き合う前から感情表現が激しくて自分の気持ちをストレートに伝えるあいつは、いつも俺にその気持ちを伝えるだけで、俺自身に言葉を求めることはなかった。

だから安心してたんだ。のだめが俺に言葉を求めないことに。わかっていてくれると思っていた。側にいることであいつに気持ちを表現しているつもりだった、俺のことを。でもそれはただの甘えだったんだと気付かされた。


「先輩、のだめのこと、好きですか?」


突然俺の隣にやってきて瞳を覗き込むのだめの言葉に、俺はひどく驚いて、困惑した。握っていたペンが手のひらから滑り落ちて、開いていたスコアの上に転がる。不覚にも、それほどの衝撃を受けてしまった。じっと見つめられる視線に耐え切れなくなって、自分から視線を逸らす。

「なんだよ、急に」

飛び出した声は情けなくも震えていた。それは間違いなく動揺のせいだ。本当におまえ、急に何言いだすんだよ。視線をどこに向けたらいいのかわからなくなって、俺がスコアに視線を落とせば、のだめは俺の腕を掴んだ。「急じゃないですよ」のだめの声は少し不機嫌そうで、どこか寂しそうだった。

「だって先輩、のだめに一度も好きって言ってくれたことないじゃないデスか。いつものだめばっかり」

だから不安になるんデス!
そう言うのだめの意見は最もだと、まるで他人事のように思った。けど、のだめにそう言われたからって当然俺はそれを素直に受け入れて、「じゃあ言ってやるよ」なんて言えるわけもない。口から零れるのは「今忙しいから、また今度な」なんて、卑怯な言葉だけだった。そんな俺の態度にのだめは我慢できなくなったのか、むっきゃあ!!と奇声を上げて俺を睨みつけた。

「なんで言ってくれないんデスか!ただ一言言ってくれたら、のだめは満足なのに!先輩のカズオ!!」
「いや、だから」
「もうのだめ、先輩が言ってくれるまでこれ返しません!!」
「あ!!」

そう言ってのだめはテーブルの上に広げていた俺のチェックしかけのスコアを奪って、胸の前でぎゅっと抱えた。俺がそれを奪い返そうと試みるけれど、体のどこにそんな力が隠れているのか、のだめの馬鹿力でスコアはいっこうにのだめの腕から離れない。返せ!!と叫んでも、嫌デス!!の一点張りで、のだめはちっとも離そうとしなかった。

「のだめ、おまえいい加減にしろ!返せ!」
「嫌デスってば!!先輩がのだめを好きって言ってくれるまで、絶対に返しません!!」

ベー!!と小さなガキみたいに舌を出すのだめに呆れて、俺は頭を掻いて大きな溜め息を吐いた。なんなんだよ。独り言のつもりだったそれに、「じゃあ、もういいデス!」とのだめが叫んだ。

「いいデスよ!先輩、のだめのことなんて好きじゃないんだ!よーくわかりました!!」

そう言ったのだめの瞳が少し潤んでいて、俺の心がぎゅっと締め付けられるみたいに痛んだ。唇を引き結んで、俯き気味に悲しげな表情を浮かべるのだめが痛々しくて、俺の小さな意地のせいでこんな顔をさせているんだと思うと、申し訳なさで息がつまった。その瞬間、俺に背を向けようとするのだめの腕を強く引けば、むきゃっ、と声を上げて俺の腕の中に転がり込むのだめ。俺は熱くなる頬を無視して、その耳元に口を寄せた。




愛をささやけないたちなので

(好きだよ。)(ごめん、次はいつ言ってやれるかわかんないけど)


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