NOVEL | ナノ

 幸せだとおもうこと

「俺、ウィーンでコンサートが決まったから」

1週間くらいいないけど、ちゃんと生活しろよ。
いつも通り二人で夕飯を食べているとき、俺はふと思い出してそれを告げた。今日のメインディッシュである鶏肉のワイン煮込みをちょうど口に入れようとしていたのだめは、間抜けな顔で2,3度瞬きをして見せて、それからすぐに瞳をきらきらと輝かせて俺を見上げた。

「ふぉー!さすが真一くんデス!」

しゅてきしゅてき!とのだめは頬をほんのり染めて鶏肉を口に放り込むと、右手にフォークを握ったままで俺の腰に抱きついてきた。それも押し倒さんばかりに勢いよく飛びついてくるものだから、フォークの切っ先がシャツを掠めて俺は思わず声を荒げた。

「馬鹿!フォーク持ったまま抱きつくな!!」
「うきゅきゅ、相変わらず真一くんはしゅごいデスねえ。のだめの自慢の夫デス」
「おい、人の話くらい聞け!」

あへー、だとか奇声を発して、やけに嬉しそうに俺の腰をがっちり掴んで離さないのだめに俺の話は届いているのかいないのか。はあ、思わず零れた溜め息も、のだめの締まりのない表情を見ていると僅かに笑みが混じる。自分のことのように俺のウィーン公演を喜んでくれるのだめを見て、俺だって嬉しくないわけがない。依然俺の腰にまとわりついたままののだめの頭をやわらかく撫でた。すると気持ちよさそうに目を細めるのだめは本当に猫か何かみたいだ。

「おまえ、俺がいないからって風呂にはちゃんと入れよ」
「入りマス」
「メシもちゃんと作り置きしとくから食え」
「食べマス」
「服も脱いだら洗濯機の中に入れろ。脱ぎ散らかすんじゃねえぞ!」
「大丈夫デス」
「あと、練習もさぼるな」
「うぎゃ、失礼な…!さぼったりしませんよ!」
「それから…」
「まだあるんデスカ!?先輩どれだけ心配性なんデスカー!!」

のだめだってそれくらいちゃんとできますヨ!
生活能力がないに等しい恋人に世間一般では常識であろういくつかのことを注意をすれば、これでもかというほど不満げに眉を寄せて俺を見上げてきた。そしてようやく俺の腰を解放したかと思うと、両手を挙げてやれやれと首を横に振り、おもむろに溜め息をついて「心配性な夫デスね、そんなにのだめが信用なりませんか」と唇を尖らせた。「ああ、信用ならない」と俺が間髪入れずに答えれば、むっきゃー!!と奇声を上げて、ぎゃいぎゃい一人で怒り出すのだめ。だんだん煩わしくなって、うるさい、と額を小突けば、急にしゅん、と大人しくなって、食べかけの夕飯に手をつけ始めた。本当にヘンなやつ。

「…のだめ」
「はい?」

名前を呼べば俺を振り向く色素の薄い瞳。味わうようにゆっくりと咀嚼する口の周りには、これでもかというほどソースが付着していた。それがおかしくて思わず吹き出すと、のだめは「何デスカ」と、もごもごと口を動かした。それがまるで何かの小動物みたいに見えて、俺はのだめの腕を引いて、額にそっとキスを落とした。

「俺が帰るまで、ほんの少しだけ待ってろ」




幸せだとおもうこと

(笑顔で俺をあの場所へ送ってくれること。そして)(帰るべき場所にはおまえがいること)


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