処刑台の主役 | ナノ


▼ 08

その日は朝から何か嫌な気分だった。予感というよりは直感に近いものだけれど、何かモヤモヤとあたしの内側を占めていた。
その何かがわからなくて余計にモヤモヤと悪循環を侵していて酷く気分が悪かった。

快晴とも言える天気だったけれど日が落ちると共にスッキリとしない天気に変わって行ったのも関係があるのだろうか。

いつの日からか日課になっている禁断の森での修行もそこそこに帰ってサスケに癒して貰おうと思っていたのにどうもうまくいかないらしい。


「…どなたですか?」


少しの間と共に切りだした言葉は、明らかに警戒の色を含んでしまっていたけど致し方ない。どう見ても怪しすぎる目の前の男は面白い玩具でも見つけたかのように愉しそうな雰囲気を纏っていた。
初めこそ暗部の類の者かと思ったけれど、顔を隠すためつけられた面は見たことの無いものだったし暗部にしては派手すぎるものだった。
薄暗くなったこの森で存在を主張するかのような鮮やかなオレンジ色の面を纏う男。敵か味方か、そんなもの考えるまでもなく敵だと言えるだろう。


「侵入者ですか。…あたしみたいな小者相手にするまでもないでしょう」


歳不相当な対応にか、それとも愚かだと思ったのか。男はクツクツと厭らしい笑い声をあげてあたしに向かって一歩を踏み出した。それと共にあたしは一歩後ずさる。
イタチごっこのように男が一歩進んではあたしは一歩後ろへ下がる、そんなことを繰り返しながらいつになくあたしは冷静だった。
目の前に立つ怪しい男は明らかに強者であるし、あたしなんか赤子の手を捻る程度でやられてしまうのは目に見えている。それにあたしもそこまで自惚れても自分の力に過信もしていない。


「あたしを殺したって価値はない」

「そうだな。…だが、」


中途半端に区切った言葉に意識が集中する。本当は今にも逃げ出したいけれど、あたしが今ここで逃げ出そうと追いつかれるのがオチだ。それは賢明じゃあないと心を落ち着かせて腰を低くする。

唯一開いた面のくぼみから、真っ赤な目が見えた瞬間、背筋が凍ったかのように冷えたのがわかった。あの眼は、あたしの見間違いじゃなければ、…この男はうちはの人間だ。


「あなた‥うちはの者ですか」

「ほぉ…写輪眼を見たことがあるのか」


その質問には答えなかった。
こんな怪しすぎるうちはの人間は今まで見たことが無い。そんな奴へバカ正直にあたしもうちはの人間だと伝えればどうなるかわからない。万が一にでも同族愛好でもない限りは、だけれど。


「あたしを見逃してはくれませんか」

「その歳で命乞い、か」


命乞い?冗談じゃあない、勝てない戦はしない主義なだけだ。と強く主張したいところだがただ黙って男を睨みつける。


「だがその目は悪くない。どうだ力が欲しいならオレと来るか」

「冗談。ふざけるのも大概にしてもらいたいですね」

「冗談じゃないと言ったら?」

「丁寧にお断りするだけです」


言うが早いか脱兎の如く男から距離を取るため地面を蹴って近くの木の上へ飛び乗ればやはり男は愉しそうにあたしを目で追うだけだった。
男の調子に些か苛立ちを感じながら、この状況をどう回避するべきか考えても思いつかない。というより回避方法が見つからない。


「勿体無い、が‥まぁいい。オレのところへ来る気になったら探せ。力を欲する目をした小娘よ」


そう言い捨てた後、目の前の男は自身の面に吸い込まれるかのように消え去った。気配が完全に消えたことを確認すれば張り詰めていた糸が切れたかのように体中の力が抜け落ちた。

父の書斎から持ち出してきた巻物を強く握りしめていたようで皺が出来てしまっていたけれどそんな事も気にならないほど、脱力しきっていた。

震える体を両手で抱きしめながら冷静になれと自身を呵責し続けていれば幾分か落ち着いてきた。


「…今日はもう、帰ろう」


これから起こる悲劇を知る術はあたしには無い。


120603

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