優しい動物になりたい

俺たちが出会ったのは、屯所近くにある団子屋だった。その時のことはよく覚えている。入る俺と出るあいつ、入り口ですれ違うだけだったはずの二人の人生が交差することになったきっかけは、あいつが取り落した小銭だった。
鬼の副長だのなんだのと言われてはいるが、目の前で財布の中身をぶちまけられて知らないふりをするほど冷血ではない。一緒にしゃがんで散らばったものを拾い集めてやり、顔を上げたところで奈緒と目が合ったのだ。
青臭いガキじゃあるまいし、一目で恋に落ちたとかそんな浮ついた感情は欠片もなかったが、恥ずかしさからか微かに頬を上気させ、申し訳なさそうな顔をした彼女が可愛らしく見えたのも確かではある。
意外と押しが強かった彼女にそのままお詫びとして団子を馳走になった俺は、しばらくして今度は仕事の見廻り中にばったり出くわした。その時もまだ、彼女のことをしっかり覚えていた。
向こうも俺のことを記憶していたようで、一瞬目を丸くしたものの「土方さんて警察の方だったんですね」と笑ったのだった。
奈緒は感情表現の豊かな娘だった。コロコロと表情を変える様を見るのは存外楽しく、見かければ声をかけるようになり、段々と気安い仲になっていくにつれてあいつへの好意はゆっくりと育っていったのだ。想定外だったのは確かだが、そうなってしまった理由なんてものは関係なかった。
俺はただそれを、見て見ぬふりでいるつもりだった。

「そういえば、随分とまあ似合わねェことしてるらしいじゃないですかィ、土方さん」
「……あァ?」
「最近、土方さんが女と逢引きしてるのを見かけたって奴がいるんでさァ」

それは、勤務時間中にも関わらず屯所の縁側で堂々と昼寝をしていた総悟をいつものように一喝した時のことだ。
面倒くさそうに起き上がった総悟が、俺の叱咤を丸々無視した挙句世間話のように放った一言。一瞬何のことだか分からなかったが、続けられた言葉にすぐさま理解する。奈緒のことだ。

「勝手に想像膨らましてんじゃねぇよ、ただの知り合いだ」
「そうですかィ。ま、俺には関係ねェ話でさァ、さっさと告って玉砕しろ土方」
「お前はほんっとに俺への悪意しかねえな!ただの知り合いだっつってんだろ!」
「心配せずとも、アンタが町娘に玉砕しに行ったって隊士の連中に触れ回って土方コノヤローを慰める会の段取りはちゃんとしときやすんで」
「人の話聞いて!?」
「さーはやいとこ散りに行ってくだせェ。あいつ土曜日のこの時間はあすこの団子屋に来やすぜ」
「え、お前、あいつって」
「奈緒に決まってまさァ」
「は?なにお前知り合い?」

まさかの事実に固まる俺を縁側から蹴り落した総悟は、心底嫌そうな顔で俺を見下ろした。

「ったく土方さんも隅に置けねェや。いい加減うだうだしてるアンタらを見るのも我慢の限界でさァ。似合わねェのは何したって変わらねェんで、さっさと諦めて腹括った方がいいですぜ」
「……総悟お前」
「俺は仕事に戻りまさァ。精々無様を晒しやがれクソ土方」

言いたいだけ言うと、総悟は最後に大きな舌打ちをかまして去っていった。
あー、なんだ、つまり俺はあいつに背中押されたってことか?もしかして。いつもの総悟らしからぬ、いや言葉はサド王子そのものなのだが、とにかくあんな風に言われてしまっては調子が狂って仕方ない。
俺はガシガシと無意味に頭をかいて立ち上がり、隊服の尻についた土を払った。タバコを取り出し、愛用のライターで着火する。
似合わないことをしている。その通りだ。鬼の副長と呼ばれ恐れられ、またそうあるように行動してきたこの俺が、一丁前の恋情を持ってしまっている。奈緒と出会う前の俺が知ったら腹ァ抱えて笑うだろう。土方十四郎は刀を握って生きる男だ、女の手なんか握る資格はない。そう自戒し、知り合いの関係でいようとした。したのだが。
奈緒との交流はおろか、どうやら俺の密かな葛藤までもを総悟のやつに見抜かれてしまっていたらしい。なんだよ、クソかっこわりィな俺。

「知り合いの関係でいようと、か」

吸い込んだ煙を吐き出し、青い空に上っていくそれを眺める。正直なところ、総悟の言葉で少し踏ん切りがついた。結局、俺は一から十までらしくないことをしているのだ。総悟が珍しく俺を後押しするようなことを言ったように、俺は珍しくただの男として一人の女を好いてしまった。それはもう、関係を進めようが進めまいが俺の中ではっきりしてしまった事実だ。
ため息をつき、短くなったタバコの火をもみ消して俺は屯所を出るために歩き出した。
土曜の昼間、団子屋、間違いなく初めて出会ったあの場所だ。仮にそこにいなかったとしても関係ない。その時は見つけるまで探すだけだ。そういえば、総悟は奈緒のことを知っている様子だった。後でその辺も聞き出さないといけない。やることは沢山ある。だがまずは、そうだな。
奈緒を見つけて、捕まえて、俺がどれだけお前に心乱されているかを教えないと。そして、もう逃がしてやれないと、土方十四郎という男はお前に恋をしたのだと告げるのだ。
一度そう決めてしまえば驚くほどに奈緒への感情が胸の内に溢れてくる。しかしそれは、もとより俺の中にあったもの。俺が今まで切り捨ててきた部分から生まれたもの。でももう止まる気はない。上等だ。こうなったらとことんカッコ悪くいこうじゃねぇか。
鬼が愛を持つ覚悟を決めた日だった。


20180727(20210423)
ジャベリン
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