手探りで愛して

そもそも誰が悪いのかって話、そんな不毛な話し合いはできればしたくない。サスペンスドラマみたいに明らかな悪者がいるわけじゃない、わたしも彼も相手を傷つけたいなんてこと思ってないのはわかってるはずだ。
昼下がりのファミレスはそこそこ賑わっているにもかかわらず、話し声も店内BGMも壁一枚隔てているかのようにこのテーブルとは無関係に思えた。重苦しい沈黙の中、わたしは目の前のコップで泡立つチープな緑色から視線を引き剥がして向かい側に座る飛雄を見た。予想通りの仏頂面、眉間にぐっと皺を寄せてテーブルの真ん中あたりを睨んでいる。今日はずっとこれだなと思ったら危うくため息がこぼれそうになって、慌てて堪えた。わたしばっかりが気を使うのはフェアじゃないとも思ったけど、今はこれ以上機嫌を損ねる方が面倒くさかった。
こういう考え方が出てしまうあたり、もしかしたらこの関係はもうダメなのかもしれない。わからないけど。わからないから、こうして顔つき合わせているんだけれど。

「お前、男と二人で出かけたってほんとかよ」

口火を切ったのは飛雄だった。相変わらず目線は合わない。

「本当ではあるけど。でも、元々そのつもりだったわけじゃないよ」

感情が昂ってしまわないように、注意深く息を吸って吐いて言葉を選んだ。指摘されたのは、昨日送られてきたメールと同じ内容。久しぶりに返信がきたと思ったら『先週の日曜どこで何してた』の一文だったのは面食らったけれど、それよりも驚いたのは飛雄がその出来事について知っていたことだった。

「最初は女子含めて四人で行く予定だったの。でも当日集合場所に行ったらその人しかいなくて、結局他みんなドタキャンで。映画だけはもうチケット買ってたし観たけど、その後すぐ帰った」
「なんだそれ、んなことあるのか」
「他人巻き込むような嘘つかないよ。つく理由もないし」
「ドタキャンの時点で帰ればよかっただろ」
「一応集まっといてそれもなんか付き合い悪いじゃん」
「付き合いのためなら男と二人きりになるのかよ」
「二人きりじゃないでしょ、周りにも他のお客さんいるんだし」
「そういう話じゃねえ」
「じゃあどういう話」

ぐっと言葉に詰まったのはなぜか飛雄の方だった。今の流れだと分が悪いのはわたしなのに、押し黙ったのは飛雄。何考えてるんだろうと一瞬思ってしまって、自分自身に知らんぷりするとかウケるなと他人事のように思った。
付き合い始めてからまだ一年かそこらしか経っていないにも関わらず、わたしには飛雄の考えていることがぱっとわかる瞬間が時どきあった。それは彼が単純だからであって、まっすぐだからでもあると思う。そして、今もまさにその瞬間だったのだ。
飛雄は、控えめに言ってあんまりいい彼氏じゃない。デリカシーないし、連絡してもなかなか返さないし、口が悪いし、部活ばっかりで一緒にいる時間少なくて未だに周りには付き合ってること一切気づかれてないくらいだし、そのくせテスト期間とか都合のいい時だけ頼ってくるし。列挙していくにつれ虚しくなってきて、はーあとため息を、今度は抑えることなく吐き出した。飛雄の眉毛がぴくりと動いて、眉間の皺がさらに深まった。焦ってる顔だった。もしかして……俺のせいか?とか考えてる顔。
ああもう、そうだよね。この人、意地悪なんじゃなくてめちゃくちゃ鈍いだけなんだった。
鈍感は免罪符じゃないけど、それでもまたくり返し好きになる理由は残してくれる。わかりづらすぎる好意の見つけ方を思い出させられる。
飛雄がわたしをどう思っているのかっていう気持ちのところ、欲しいのはそれだけ。今はそれだけでいいって思ってるのは本当だった。
実は、今回わたしには飛雄には言わなかったちょっと後ろめたい裏事情がある。ドタキャンで二人きりになった時に来なかった友だちからメールでネタばらしをされていたのだ。曰く、元々その男子とわたしを二人にするための計画だった、と。だから本来、わたしは飛雄の言っていた通りすぐに帰るべきだったのだ。なのにそれをしなかった。嵌められたと、わたしに気がある男子と二人きりだとわかってて映画に行った。飛雄とは一緒に映画とかないだろうなって思って、ちょっとした憂さ晴らしのような軽い気持ちで、でも結局終始全く楽しくなかったわけだけれど。残ったのは後味の悪い罪悪感だけだったし、まさか飛雄に知れるとは思わなかった。
滅多なことはするもんじゃない。でも、いい加減好きが見えなくて途方に暮れてたのも確かで。

「飛雄」
「ん」
「ごめんなさい」
「……おう」

飛雄がわたしを放ったらかしているのは事実。これはもうきっちりと主張する権利がわたしにはある。でも、今はわたしが謝るべきところだ。そう思って口にした謝罪は、喉に引っかかった棘を引っこ抜いて飛ばしてった。答えを見つけた頭で振り返ると、ぐちゃぐちゃと考えすぎていた自分が馬鹿みたいに思えるほど単純なことで、わたしも人のこと言えないなっていう反省をしなくちゃならないのだった。
飛雄も飛雄で、何か納得するところを見つけたらしい。笑顔とまではいかないものの、眉根に込めた力が抜けたのがわかった。何より、こっちを見た。飛雄がわたしを見て、その前から飛雄を見ていたわたしの視線とぶつかって、二秒ほど。散々眺めていたのに、急に恥ずかしくなって逸らしたのはわたしの方だった。
何はともあれ、するするとほどけるような感覚はほっとするもので。わたしはだいぶ汗をかいてしまったメロンソーダにようやく手を出す余裕を得た。


20210111
ジャベリン
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