「海行こう、海」
突然家に押しかけてきてそう言う奈緒の瞳はいつもみたくきらきらしていて、俺はどうもそれに弱いのだった。
「なんでまた、海?冬なのに」
「海といえば夏、なんて安直だよ」
車を走らせやってきた海岸には人っ子一人居なかった。当然だ、今日は雪さえ降るんじゃなかろうかという冷え込み具合なのだから。
刺すような潮風にぶるりと体が震える。彼女の頼みでなければ絶対に来ていない。
「俺は夏の方が好きだなあ」
ぽつり。呟いた言葉は風に攫われて後は波の音だけ。静かだった。
朝の元気の良さが嘘のように黙って太平洋を見つめる隣を盗み見て、その頭の中でどんなことを考えているのか見当がつかないなりに思いを巡らせてみる。
たまに、わからない顔をするのだ。そういう時は無性に抱き締めたくなる。
「帰ったら今日は鍋にしよう」
胸元に押し付けた頭を撫でると小さく小さく笑う気配がした。
「八左ヱ門は優しいねえ」
「……なんだよ急に。アイスなら買わねーぞ」
「ふふっ。えー、鍋といえばダッツでしょ」
ぱっと顔を上げた奈緒は、またあのきらめいた瞳で笑っていた。
そう、それがいい。アイスでもなんでも買ってやる、真冬の海にも付き合ってやる。だから、お前はその笑顔で笑っていてくれ。
20190315