「もしもひとつだけ願いが叶うなら、三郎は何を願う?」
屋根の上、秘密の逢瀬。ふと思いついた問いをそのまま隣に座る彼に投げかけてみる。戯れだ。だけどね、ひとつきりならこんなわたしでも愛しい彼の願望を叶えてあげられるかもしれないから。
「願掛けはあまり好まないな」
「まあそう言うとは思った」
「でも、そうだな。こうして星空を仰いでいると、私がお前をしあわせにしてやりたいとは思うよ」
えっと三郎の方を向くと、薄暗い中でもわかる、見たことないくらい優しくて熱い目をしていた。
ああ、嗚呼。重なる手にぎゅっと力が込められて、わたしも握り返す。暑い。手汗をかいてないか心配だ。
しあわせにしてやりたい、だなんて。そんな、そんなのずるくないか。わたしたちは忍び、命の使い道さえ自分では選べなくなるような生き物になろうというのに。
三郎が口にしたのは、最上級の愛の言葉だ。わたしたちはもうその重みを理解している。だのに、言った。
「なんだ、嫌なのか」
柄ではないことを言ったとでも思っているのか、ぶっきらぼうに追い打ちをかけてきた三郎がずいと顔を覗き込んでくる。照れ隠しの下手な人。
「……嫌じゃない」
今この瞬間、わたしは彼の思う通りにしあわせだ。だけどきっとこの先にはどうしようもなく高い壁がいくつもあって、わたしたちがそれにぶち当たる日は必ず来るだろう。その時、もしもひとつだけ願いが叶うなら、わたしは彼の望みの成就を願おう。
20190218