好き。たった二文字だけれど、こと誰かに好意を伝えるために使う時は、俺にとって口にするのに大変な勇気の要る言葉だ。そう簡単には紡げない。
だが奈緒は違う。今日だけでも既に三回。俺に投げかけられたそれは、同じものとは思えない程いとも簡単にぽんぽんとその小さな口から飛び出すのだ。
付き合っているとはいえいつもそんな調子だから、さすがに嬉しさ照れ臭さを通り越し、最近では少しばかりの申し訳なさまで感じてしまうようになっているのだった。
「なあ、その、いつも俺に……好き、って言ってくれるだろ? あれってどういうわけなんだ?」
「どういうわけって?」
自分でも要領を得ない聞き方だと思う。授業も委員会もない午後のひと時、俺の部屋でのんびりしているところで切り出したはいいが、いかんせん言葉選びがひどい。
首を傾げられて、苦笑いを浮かべることしかできなかった。この状況が一番カッコ悪いんじゃないか、俺。
「いや、俺はなかなかそういうの言えてないなと思って。返せてないのに、なんでそんなにくれんのかなーって……うん」
へたれだと笑われても仕方ない自覚はあれど、もうどうしようもない。じんわりとした居心地の悪さを感じながらじっと待つ。
すると彼女は、少し視線を彷徨わせ考えるそぶりを見せた後、俺を見て破顔した。
「八左ヱ門だってくれるじゃない」
「え?」
「確かに口に出して言うのはわたし担当かもしれないけど、食堂でわたしを見つけて声かけてくれる時とか、委員会活動中に見つけたって綺麗な花を持ってきてくれる時とか。わたしは八左ヱ門の好きをたくさんもらえて幸せだなーって思ってるもの」
わたしが好きって言う時は、八左ヱ門に好きをもらった時なんだよ。
そう言って頬を赤らめるのを前にして、俺は熱い顔で天を仰ぐことしかできないのだった。ああ敵いっこない。見事なまでに完敗だ。
言葉にできないでいた気持ちを、奈緒はしっかり見つけて拾って大切にしてくれているのか。
俺より一回り小さな体を引き寄せて、腕の中に収める。あーかわいい。すげー好き。今のは反則すぎた。ごちゃごちゃ考え込んでしまった自分が恥ずかしくて仕方がない。
肩口に鼻を埋めて抱き締めると、背中を優しく叩く手の感触。
「なあ」
「うん」
「大好き」
「わーいやったあ。もちろんわたしも、大好き」
20190213