あしたてんきになあれ

忍術学園一予習に余念のない忍たまといえば、ほとんどの人が考える間もなく浦風藤内を挙げるだろう。何をするにも予習、予習、予習。時には勢い余って予習の予習までやってのける男の子なのだから、まあ当然か。しかし、実はくのいち教室ではちょっとだけ違っていたりする。何を隠そう、そこではわたしこそが浦風と並んで予習魔の称号を欲しいままにしているのだ。……嬉しいかどうかは、別として。

「浦風、おはよう。起きられた?」
「大丈夫。数馬が一緒の時間に起きてくれたから」
「数馬って、えーっと……あ、三反田?同室なんだっけ。こんなに早いのに、優しいのね」
「委員会の後輩たちと薬草摘みに行くって言ってたよ」
「ふうん。それじゃ、行きましょ」

ぬるい朝ぼらけの空の下。きはだ色の光に飛ばされていく夜の残り香を吸い込みながら、わたしたちは正門から出て裏山へと歩き始めた。
今日は、次の月初めに行われる男女合同オリエンテーションの予習をしに行く。先輩方が仕掛けた死なない程度にきつい罠の数々を潜り抜け、あちこちに隠された印を集めるという、単純だけれど過酷な演習。来年にはいよいよ上級生の仲間入りをする予定であるわたしたちにとって、ここでの評価は重要だ。当然気合いの入り方も違ってくる、のだが、それでも浦風はちょっとやりすぎだとわたしは思う。なぜなら、オリエンテーションの予習に裏山へ行くのはもうこれで三回目なのだ。

「今日はどの道から行こうか。前回は西側から回ったから、今日は南の方にしてみる?」
「たまにはゴールから逆に辿ってみるのもいいんじゃない?」
「なるほど!それはいいね」

「流石は予習仲間」と浦風は嬉しそうに頷いた。適当に意見してみただけだったのだけど、まあいいや。
演習の舞台は裏山だ。忍術学園の生徒にとっては校庭の延長のようなものだし、本番用の罠もまだ仕掛けられていない以上、予習と言ってもやることは少ない。正直な話、内心では三回目ともなるとただの散歩と変わらないなあと思っていたりする。
だけど、わたしは浦風の予習にいつだって最後まで付き合ってあげると決めているから、ただそれだけの理由で今朝も早起きしたのだった。
誘われるがまま一緒にいろんな予習をしているうちに、いつしかわたしまで予習魔と呼ばれるようになっていたほどのこの健気さ、一寸でもこの人に伝わっているのかしらん。ついでに言えば、頑張って完璧に結い上げた髪にだって気がついてほしい。そうやって焦れるわたしがいる一方で、まだこのままでいいと嘯くわたしもいて……どちらにしても面倒くさい質なのだから困ったものだ。もっとも、浦風はわたしのことを完全に「予習仲間」と認識しているということだけが事実であり現実なのだから、何を思ったってしょうがないわけだけど。

「今日は暑くなりそうだね」
「雲一つないもの。今から午後のマラソンが憂鬱」
「くのたまも大変だなあ」
「そりゃまあ、山本シナ先生、特に若いシナ先生は特別厳しいけれど、でもやっぱり憧れるわ。頑張ってついていこうって思うの」
「そうか。俺も頑張らなきゃ」

浦風がたまに見せるくしゃりとした笑顔は好き。だけど、はりきって取り出した地図は上下が反対だ。細かく書き込みすぎて、元の図が読みにくくなってしまっているのである。

「それ、反対向き」
「あっ」

やっぱり、最近の浦風は普段に輪をかけてやりすぎというか空回ってるというか、ちょっと様子が違う気がする。

「ねえ、浦風、あんたこの頃少し変よ」
「え、変ってどんな風に?」
「うーん、一言で表すなら心ここにあらずって感じ」

ぴしりと固まった浦風に一拍遅れて、わたしも歩みを止めた。不用意な発言だっただろうか。でも、確認するようによくよく見つめた浦風の顔は、困っているようではあったけれど嫌悪のようなそれはなく。これはきっと、ただ単に図星なのだ。

「合同オリエンテーション、そんなに心配?こんなに念入りに予習してるんだから大丈夫よ。わたしが保証するとまで偉そうなことは言えないけど、でもきっと上手くいくと思う」
「いやその、そうじゃなくて……あのさあ、いややっぱりちょっと待って」
「いいけど」
「……ふう。よし。ごめん!俺、今日はちょっと緊張してたんだ」
「……それは、どうして?」

あ、やだ。こわくなってきた。
今まで何の気なしに、なんならじっくり観察する勢いで見ていた浦風の表情が、知らない色に染まっているのに気がついて、わたしはにわかに怖気づいた。次の言葉を聞きたくない、いや聞きたい。聞きたいけど、ああもうこんなときですらわたしってやつは。

「き、今日はほんとは予習より、その、君と一緒に裏山まで出かけるのが楽しかったからまた行きたくてそれで」

でも、向こうも向こうで卵を丸呑みしたかのような必死さで、わたしの動揺になんてひとつも気づいてなくて、ああ。
浦風でもこういうときは一発勝負なんだなあって、どうでもいい気づきがぽっかりと浮かんで。そして次の瞬間に押し流されていった。

「す、すきです……って、言ったら、怒る……?」


20201101
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