果ての幸いに目を凝らした

「怪我したって言うから、もっと一大事なのかと思いましたよ」とは、乱れた髪にも構わずに汗だくで飛び込んできた女の第一声だ。台詞と顔とがちぐはぐすぎてなんだか可笑しかったのだが、そこはそれ、下手に笑って機嫌を損ねてはいけない。私はもっともらしく真面目な顔を作って彼女を迎えた。

「やあ、君か。よくここがわかったね」
「町の外れでたまたま、忍術学園の乱太郎きり丸しんべヱと出会ったんです。そしたら利吉さんが大変な怪我をしてここに身を寄せているって聞いて、それで」
「そのまま飛んできてくれたわけか。なるほどね……はあ」
 どうやら、だいぶ誤解があるようだった。あの三人の伝え方の問題か、こいつの早とちりが原因か……まあ、どちらにしても結果は見ての通り。仕方がないから、私はかくかくしかじかと事の顛末を説明してやった。

「じゃあ、本当に大したことないんですね」
「ああ」
「お腹が痛いとかも?」
「ない」
「そうですか」

ようやく納得したらしい奈緒は、今気がついたかのように腰を下ろした。「よかったです」の一言も出てこないが、顔には書いてあるから構いやしない。物言いこそ堅いものの、いじらしい女なのだ。口べたというやつなのだろう。

「……わたしは」
「ん?」
「今度こそどうにかなってしまったんじゃないかと、悪い景色を思い描いてしまいました」

そうして、彼女は絞り出すように謝罪の言葉を落とした。私にとっては意外なことだった。彼女の考えがではない、それを私の前で口にしたことが、だ。
そういう風に考えているだろうというのは気がついていた。ごくごく自然だ、私の本当の生業を明かしているのだから。彼女には受け入れてほしいと願った私のわがままで、挑戦で、きっと弱さだった。
押しつけた。その後悔がまず滲んだ。しかしそれでも、私にはわかることがある。彼女もまた、本心から悔いているらしかった。いつもわかりやすい奈緒の顔は今じっと板目と睨み合いをしていて、御簾のように垂れた髪の隙間から自責と怯えと情の混じった何かで塗りたくられている眦が見え隠れしていた。
私の弱さと彼女の弱さ。それが二人の行く末にどう関わるのかはわからない、そんなのがわかってしまうのならいくさなど一つも起きるはずがない。もしかしたら今ここが分水嶺なのかもしれない。

「そう思うのは、仕方のないことだ。誰にも責められる必要はない、君自身にも。だけど、これからも同じような後悔が何度も何度もあるということに君は、耐えられるかい」

私は、慎重に言葉を選びながら彼女に問うた。はっきりと言うのははじめてだった。そして、どう転んでも最後の質問になる。
面を上げた彼女は泣きもせず、笑いもせず、いつものように静かに紡いだ。

「日が昇る限り、あなたがいる限り、幾度でも」


20201027
back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -