遥かな静淵

「剣豪は眼力がないといけないんだ。目で相手を圧倒できれば、刀を交える前に勝つことさえもできる。戸部先生にそう教わったんだ」
「剣豪なのに、刀を使わないの?」
「無用な血は流さない。そっちのがかっこいいだろ」
「ふうん。まあ、そうかも」

わたしは戦って勝つ方がかっこいい気がするけど、金吾は考え方が大人だ。
適当に話を合わせて頷いたわたしは、会話が途切れたのを合図にして立ち上がった。名残惜しいけれど、お尻についた草や土を払う。汚くしていたらここに来たこともばれてしまうから、念入りにしなくちゃいけない。金吾と会えなくなるのはいやだもの。

「もう行くの?」
「うん。戻らなきゃ、また折檻されちゃう」
「また、って」
「あっ」

しまった。慌ててそっぽを向いたけれど、金吾がざっと立ち上がったのは草を踏む音でわかった。そのくせ、じっとしていても次の言葉は飛んでこない。これは怒ってる、知り合ってあんまり経たないわたしでもわかる。怒ってるよ。
無言の圧力に耐えきれず、わたしはそろそろと顔を戻して金吾を見た。眉と眉の間にぐっと力が入っているのがわかる。おかみさんや旦那さまほどの形相ではないけれど、それなのに他のどの人よりもこわかった。
好きな人が相手でも、やっぱり身が竦んでしまうんだなあ。ぼんやりと他人事のようにそんなことを考えて、悲しくなった。さっきまでこの河原に座って彼とお喋りしていた女の子は、風に吹かれてぴゅうとどこかへ飛んでいってしまったみたい。
まっすぐで綺麗な目をした金吾のことが好きだった。難しくて半分くらいしかわからない剣術の話も、楽しそうに話すからわたしも楽しかった。二人でいる時は、つらいだけの生活が少しだけましに思えた。それがとっても嬉しくて、しあわせで、大切だったの。

「ごめんね、いやな思いさせちゃったね。忘れてほしいな」
「……どうして?」

直接目を見るのが怖いときは、おでこのあたりを見つめることにしている。そしたら少し平気だし、涙も我慢できるから。なのに、金吾は不思議だ。まるで見えない糸で目の玉を引っ張られるかのように視線が吸い込まれる。剣豪の目力って、こういうことなのかも。
「えと、あの、気分を悪くさせちゃったと思うし……ほんとにごめんなさい」言いながら堪らなくなって、わたしは頭を下げた。その拍子にぽたぽたと目から雫がこぼれたけれど、もうどうしようもなかった。

「ごめんね」

謝罪の言葉がぽつりと降ってきたから驚いた。どうして金吾が謝るんだろう。もしかして、わたし間違えた?
どうしようと焦った直後だ。金吾がしゃがみ込んで、膝に添えたわたしの両手を握ったのだ。思いもよらないことの連続で、わたしはただぽかんとするばかり。すると再び目が合ってしまって、でも、その瞳に痛いほどの熱はもうなかった。いつもの金吾。ううん、むしろいつもより少し悲しそうな、そんな顔。

「……金吾、どうしてそんな顔するの」
「それは、難しくてなんと言ったらいいかわからないけど。でも、君もおなじ顔してるから」

わたしとおなじ顔。金吾だけには、そうなってほしくないのに。その目が水気でいっぱいになりつつあることに気がついたら、わたしはもうだめだった。何も言えなくて、心の中でごめんなさいが渦巻く。力が抜けてその場にしりもちをついて、着物の裾は土についた。

「僕は悔しい」

絞り出すようにそう言ったあと、金吾はもう何も喋らなかった。
二人して手を取り合ってわんわん泣いて、これが最後の記憶になったならもしかすると幸せだったかもしれないのにな。


20201024
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