夜空の下で

すごい人混みだ。こんな田舎のどこにこれだけの人間がいたんだろうって不思議になるくらい。慣れない浴衣の裾を気にする余裕もなく、わたしは必死で尾浜の背中を追いかけることしかできない。ぎゅうぎゅうと横から、知らない男の人越しに誰かに押しのけられて、大きく左に流された。このまま尾浜を見失ってしまったらどうしよう、だなんて不安と焦りが浮かんだ。
やっとのことで一番混んでいる場所を抜けて、わたしたちは屋台の並ぶ通りの端っこに出た。裾、帯、髪!と慌てて乱れをチェックするわたしは、ここでようやっと尾浜がこちらを振り返ったことにちょっとの間気がつかなかった。

「……大丈夫?」
「え!あ、うん。どっか変……?」
「いや、ごめん。もうちょっと気をつけてあげなきゃいけなかったね」

申し訳なさそうな顔をしてやさしい言葉をかけてくるから、困ってしまう。尾浜って、こんなかんじだったっけ。なんだかそわそわしてしまって、あーだとかうんだとか曖昧なことしか言えなかった。
尾浜がそれをどう思ったのかはわからない。「もうちょっとだから」と再び背を向けたけれど、でも今度はさっきよりずいぶんとゆっくり歩いてくれているのがすぐにわかった。
そうして灯りのある方から遠ざかってしばらく、坂を上って着いた場所にはわたしたち以外誰もいなかった。少し離れたところに街灯が一本。その下に自動販売機。小さな広場だ。

「ここから見るのが一番だってばあちゃんに聞いたんだ。だから、始まる前に着かなきゃって思ってさ」

確かに、ちょっとした丘のようになったここからなら、大輪の花も欠けることなくきれいに見えるだろう。

「すごい。こんなとこ、はじめて来た」
「そんならよかった」

一つだけあるベンチに尾浜が座って、わたしも座った。迷いに迷って、こぶしみっつぶん間をあけた。尾浜は何も言わない。
緊張して、緊張して、どうしたらいいんだろうときんちゃく袋を握りしめて俯いたそのときだ。

「あ、見て」

尾浜の声に促されて、顔を上げた瞬間、空からきらきらと光が降り注いだ。そして、一拍遅れでお腹に響く破裂音。二度、三度と途切れることなく花火は咲き続けていく。思わず見惚れていた。

「きれい……」

ふと、横についていた右手が柔らかく覆われた。いとも簡単にゼロになった距離に胸がじりじりと焼かれて我慢できなくなって、わたしはそっと横を見た。そしたらきゅっと目元に力が入っている尾浜がじっと空を見つめていたもんだから、思わず緊張も忘れて笑ってしまった。

「そんなに思い詰めた顔で花火見なくてもいいのに」
「……キンチョーしてるんですー」
「そうなの?」
「そうだよ」

ぐりんと勢いよくこっちを見た尾浜は、拗ねたような困ったような表情をしたけど、そんなことより。あれ、顔、近くない?

「気づいてるかもしれないから、もう言っちゃうけど。あのね。俺、きみのことが好きだ」

汗とか見えちゃったら恥ずかしいけど暗いし平気かな、とか考えてる場合じゃなかった。たった一言で、わたしの心は空へ駆けのぼる。確かに、何となくそんな気はしてた、けど、妄想と現実とじゃあびっくりするくらいの違いがあると思うのだけど。
いっぱいいっぱいで何も言えないわたしと反対に、尾浜は勝手にすっきりしたように笑った。ずるい、きっともう答えがわかってしまったんだ。
尾浜の横顔が朱に照らされて、きっとわたしも照らされていて。できた影がロマンティックにわたしたちの輪郭をなぞった。
そして、癪だけど嬉しかったから言ってやった。「わたしも好きだよ」って。


20200911
確かに恋だった
back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -