シルク·ドゥ·エレジー | ナノ


▼ 4



……やってしまった。後悔先に立たず。
昨日ナルト達との任務で全身びしょ濡れになり、まだ温かいし平気だろうとろくに拭いもせず放置してしまったのがいけなかったのだろう。
咳き込む喉は炎症を起こし大きく腫れ、しかし取れぬ鼻づまりにその喉を酷使しなければ息を吸う事もままならない。
さらには平熱を大きく上回っているのか体が全くと言っていいほど持ち上がらなかった。追撃に霞んだ視界と頭痛である。
どうにか口寄せしたパックンに風邪で休むと伝えるように言いつけベッドにフラフラと戻った。ここ数年なかったのに本当に情けない。


額に乗ったタオルが寝返りと共に落ち、カカシは顔に当たった水気に目を覚ました。
誰かが訪問しているらしい、ドアで遮られた先は見えないが耳に入ってきた音はリズムよく包丁が踊っているそれだった。
生ぬるくなっていたタオルを握り、ベッドから出ようと足をおろせば寝巻の裾を踏み盛大に滑った。
顔面から突っ込んだカカシは鼻を抑え、折れてないことを確認すると棚の角じゃなくてよかったと風邪で血の気の悪い顔をさらに青くした。
「あれま、だいじょうぶですか?」
口も写輪眼も丸出しのまま呆けたカカシの目に自分が日ごろ目で追いかけている女が立っていた。
どこで買ったのかわからない茶碗に装われたご飯のプリントがされたエプロンをしている。
ああ夢か、カカシは見開いていた目を半目に戻した。とうとう夢にまで出てきちゃったか。女々しいけど……まっ、これもいっかななんて唸るカカシを緩く押し倒す。
あまり手入れをしていないベッドの上に重力に従い腰を落とすと片手で布団を広げていたハクベイがもう少し寝ててくださいとカカシを招き入れた。
こりゃまた随分リアルな感触だな、額に当てられたハクベイの細い指から伝わる冷たさ堪能し目を瞑った。

「ご飯できましたよ」
ゆらゆらと揺すられカカシは微睡から浮上する。どうやら夢はまだ続いているらしい。……あれ?
「ハクベイさん?!」
「そうですよー、パックンさんから頼まれました」
ちょっと箪笥漁らせていただきましたからねと前置きし、綺麗に畳まれた下着と替えの寝巻をカカシが座るベッドの脇に置いた。
そういえば朝パックンを出したままぶっ倒れた気がする。周りにいないところを見ると、ここまで案内してから帰っていったらしい。パックンお前……、ハクベイさんだけはやめて頂戴よ……。
「スイマセンみっともないところをお見せして……」
汗でペタリと張り付いた前髪を少し払い頭を掻いた。好きな人にこんな弱弱しい姿を見せる事になるなんて思わなかった。しかも原因がまた間抜けなものだ。
不甲斐なさに頭を掻いて誤魔化すカカシに一旦台所へと向かったハクベイが湯気の立ったタオルを持って戻ってきた。
「さっぱりしますし拭きましょう」
さあ脱げ。寝巻のボタンに手を掛けたハクベイに慌ててカカシは抑える。
そこまでしてもらわなくてもだの自分でできますだのどうにか躱そうとするが健常者に病人のスピードが敵うわけがなく押し切られる形で腕をどけた。
傷だらけで痣だらけの忍らしい身体を甲斐甲斐しく拭いていくハクベイに視線を泳がせる。
嬉しいような恥ずかしいようなで固まるカカシの身体がさっぱりとして来ると、脇に置いてあった替えを差し出された。
「し、下は自分でやります!」
「解りました、じゃあご飯の用意しておきますね」
そう言ってタオルをカカシに渡すとハクベイはあっさりドアの奥へと消えて行った。
多分背中に手が回らないことを考慮して少々強引に拭かれていたのだろうが、カカシは人生で一番大きく胸をなでおろした。パンいち姿なんてとんでもない、と。
身体を拭き用意されていた寝巻を着る。ボタンを第二までしめたところでタイミングよくお盆に土鍋を乗せてハクベイが入ってきた。

「ネギと生姜入りの卵粥です」
喉がつらいと聞きましたので、まあ食欲ないだろうけど少しでも食べてください。薬も貰ってきましたし。
そう言って湯気の漏れだす土鍋の蓋をあける。ハクベイの手料理だから食欲が無くても食べようと決めていたカカシは、自身の腹が盛大になりだしたことに苦笑いした。
確かにこの粥の香りは食欲なんて関係なしに自分をそれはそれは大名だってめったに口に出来ないほどの宮廷料理だとでも言うが如く主張して来た。材料は普通なのにそう見えたのは贔屓目なのかそうじゃないのか。
起き上がるのはつらいでしょうとベッドに腰掛けた自分の膝にそれを乗せ、押し入れから引っ張り出して来てくれたらしい冬用の半纏を肩にかけるハクベイ。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼女から散蓮華を渡される。手になじんだ匙のずっしりとした陶器の重みを動かし一口分を掬い口に運ぶ。
独り身の男には反則過ぎる柔らかな風味にカカシは動きを止めた。ああ、駄目だ……。
「ありがとうございます……」
すごいおいしいです、小さ目の土鍋が空になったのを見て満足そうにお盆を受け取る。
ハクベイがご飯を美味しそうに頬張る姿に一目ぼれし、追撃とばかりに胃まで掴まれてしまったカカシは心底困り果てた。
好きだと、そう言ったところであしらわれるのがオチだ。彼女の心はきっと今後も米にしか向かない。
アスマからは米に負けてんじゃねえよと励まされたが、彼女の胃まで満たしてくれるような存在に勝てるわけないじゃないか。
暖かいお茶と薬を差し出されたカカシはそれを受け取り視線を交わしたハクベイにへにゃりと力なく笑った。



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