ポインセチアは甘くない | ナノ


▼ 8



ナマエが入って来てから1時間半がたった。
泥酔している女の子たちは3人、ほろ酔いが4人。そして空気が変わったことに気付いたのが2人。
3分の1しかまともに動けないだろうが全員動けないよりはましか……。
ナマエは鞄からこっそりと携帯と財布だけを取り出して7分丈のスキニーパンツにしまった、この際鞄は仕方がないだろう。お気に入りの物だったのだが持っていくと怪しまれてしまう。
先ほどトイレで脱出口を調べるついでに化粧台で濃いめにチークを塗りたし偽装したナマエは千鳥足で少し離れたところに座っていた酔いのさめた女子2人に近寄る。
彼女たちもナマエほどではないが察しは良かった。倒れこむように2人の間になだれ込んできたナマエを受け止め慌てたふりをする。
「わ、ナマエさん大丈夫?」
「ちょっと、ここで吐かないでよー?」
酔っぱらいの役を徹するナマエを介抱するふりをして女子トイレへと引きずるように連れて行ってもらう。
縦に曇りガラスが入ったドアをきっちり閉めた後、ナマエは人差し指を口元にあて2人を見やる。
コクリと頷いた一人がトイレのドアの前でガラスに映らないように立ち、もう一人が個室のドアを開け内部に入ると一人空中に向けて大丈夫かと声をかける演技を始めた。
その間にナマエが盗聴器を探すが流石にそこまでは用意されていなかったらしい。
カメラも怪しいプラグのついた機械もないのを確認し、お互い少し離れたところに立ち顔を見合わせた。

「騙されたわ」
個室に入った茶髪が顔を歪めた。怒りとも何とも言い難い表情を浮かべた彼女は彼女担当だった彼氏の顔を思い出していた。
ドアの前で何度も舌打ちをする黒髪も苛立たしげに腕を組む。
「私ぶっちゃけみんなを置いて逃げたい」
「私はあいつら全員のタマ潰さないと気が済まないわ」
「流石に人数が多すぎてやられちゃうわよ」
自分の彼氏だったクズだけは後日潰しましょうと茶髪がにっこりとほほ笑む、こめかみに青筋がたっている彼女は多分この中で一番キレていた。
ドアに近づいてきた影に黒髪が気づいてナマエを見た。黙っていたナマエが茶髪を見、クイッと指を上にあげる。足音を立てないように個室の奥に消えた茶髪がレバーをひねり水を流した。
この短時間で連携を取りだしていた女たちは「ナマエさん大丈夫?」だなんてそれはそれは心配そうな声色を出す。
女子トイレに出口が無いのを把握しているからか、影はくぐもった音を聞いて再びそこを離れた。

そのままで。
口パクで茶髪にそう伝えるとナマエはポケットに突っ込んでいた携帯をとりだした。
流石の人数に自分たちの友人に助けを乞おうと携帯を取り出した彼女たちはすでに取り上げられていたのだ。
唯一心配性のイタチにプレゼントだと送られた2台目を化粧ポーチにしまいこんでいたナマエだけが助かったのだった。
もっぱらバイトとサークルの連絡用として使っている男が買っても違和感のない黒い二つ折りの携帯で、イタチへと電話を掛けようと通話ボタンを押した。


「なんだ、元気じゃねえかナマエ」
耳に携帯を当てたまま固まったナマエの腕を高沢が掴んだ。心配したぜと普段の気弱で丁寧な物腰とは打って変わった口調に怯える。
ドアの前で見張りをしていたはずの黒髪は頬を腫らせてトイレの床に崩れ落ちていた。
壁に押し付けられたナマエの髪を掴み、思い切り頭を打ち付ける。
鈍い音が女子トイレの狭い空間を駆け巡り、その衝撃で携帯が吹き飛んで二つに折れてしまった。


/



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -