短編 | ナノ


▼ ニートの私が睡眠不足気味らしい大学生を助けた話



「ナマエ、ナマエ!メールがいやでも電話には出てくれってあれほど言っただろう!」
バーンというチープで壮大な効果音を立てて開け放たれた玄関からずかずかと乗り込んできた我愛羅に202号室の妖精と化していたナマエは露骨に嫌そうな顔を向けた。
出ろ、ではなく出てくれというところがポイントである。命令だと話すら聞かないのだこの女は。
散らかったペットボトルにスナックの空袋、ぐしぐしと頭を掻き海老反りになると肘で上体を支えていたそれすらもめんどくさくなったのか支えを外しグリーンの丸いログカーペットに突っ伏した。
「我愛羅、近所迷惑だよ」
「煩い、ナマエが一つも返事を返さないのが悪い」
のんびりとした彼女と反対にそこの知り合いの不摂生ぶりに一人荒れる我愛羅を呼び寄せるとそんな悪いこと言うお口は塞いじゃいましょうねぇと袖を引き顔を寄せ我愛羅の口を塞いだ。所謂マウストゥマウスである。
ナマエの睫毛を目の前にしばし放心していた我愛羅だったがどうやら状況を理解したらしくみるみる赤くなり、その様子を間近で観察している彼女は彼女でそれはもうにやにやと楽しんでいる。
我愛羅は少し力を入れれば簡単に振り払えるナマエをどうこうしようとはしなかった。というよりはできなかったの方が正しいか。
他の人間なら絶対放置案件である広大な地雷原のナマエにもかかわらずずっとそばにいるのは我愛羅がナマエに惚れているからである。
友人からは趣味が悪いと言われ、親からはあいつだけはやめてくれと懇願されているにも関わらずカルガモの親子のように付きまとっているのはそういう理由からだった。



二人のこの関係が始まったのはそこまで遠い昔ではない。
車道に飛び出た幼女を助けようとした我愛羅はどうにかスレスレの位置で目の前を通り過ぎて行った普通車を見送ったのだ。
抱きしめた幼女が吃驚し固まっていたまでは良かったのだが涙を溜めた彼女は轟々と泣き出したのである。
何処か怪我でもしたかと幼女の身体を触り尋ねる我愛羅だったがそれを良しとしないのは先まで井戸端会議をしていた女性たちであった。
自身の子を見ていなかった母親集団に通報され、警察が駆け付けた時には我愛羅は周りを囲う人間たちから幼女誘拐のレッテルを推され昼間の大衆が道行く時間帯だったこともありかなりの人間に顔を見られていた。
明日大学で噂が立つこともすぐに予想でき、青白さを通り越しもはや紫にまでなりかけた我愛羅は弁解しようと試みるが集った野次馬たちの目に喉から空気だけが無駄に漏れた。

(ああ、もうだめなのか……)
こちらに走ってくる制服の人間を複数目でとらえた我愛羅はこれが本当に絶望した人の顔だと主張出来るほどの表情で彼らを眺めていた。
アスファルトに伏せられ押さえつけられた我愛羅が警官に両腕を掴まれた時にその声は響いたのである。

「飛び出した幼女を助けたら捕まるとか世も末ですわ、プギャー」
上下ジャージでそろえただらしのない女はポケットに腕を突っ込んだまま、ネットスラングをぶちかましたのである。
日本語のはずなのに理解が出来ない事に唖然とする警官と野次馬たちを尻目に冤罪ですよこれと早口でかましていく。
子供を見ていなかった母親達は自分たちの部が悪くなったことに気付きあわあわと反論するがそれすら母親の責任ではないのかと反論する彼女にかなわないと感じたらしく黙秘を始める。
流石に止めに入った警官たちには嘘だと思うなら監視カメラ見ればいいんじゃないですかね、多分そこの30分300円の看板のところなら映ってると思いますよと証拠になるだろう物を提示し、それを見ても納得がいかなければ掴まえればいいんじゃないかと提言する。
「まあ冤罪でも掴まえたままなら警察の信用は地へと落ちるでしょうけど」
ああ、元々名誉も信用もありませんでしたねという言葉まで出かかったがそれをすんでのところで推しとどめると、女はにこにことこちらに近寄り腕を持ち上体をあげさせるとしっかり反論しなと叱ったのである。

「あ、あの……」
「あー、幼女誘拐犯冤罪未遂クンか、何か用?」
「(その名前はちょっと……)さっきは助かった、ありがとう。何かお礼を」
「いや、私キミの事一度は見捨ててコンビニ行ったし、冤罪には気をつけて帰りな」
「……」
「えー何でキミ袖掴むの?……、じゃあそこのコンビニでビール1本買ってきてよ。それでこの件は終わり」
早く帰ってゲームしたいしと自分が持つビニールのプリントと同じ名前のコンビニを指差す彼女に我愛羅は頷くと店内へと入って行った。
野次馬がちらちらといたもののそのうちの一人が「冤罪だって、可哀想だね」とジャージの彼女が出した大きな声を聞いて友人らしき人物に喋っていたことで事実を知った店内の人間達は犯罪者へと向ける視線を和らげ憐れみの目へと変える。
それもまた居たたまれなくなり縮こまる様にして指定された缶ビールと同じものを買って出てきたときには彼女はすでに消えていたのである。

「うえー……人助けはするもんじゃないわ。時間かかってしゃーない」
畳に座りビールとささかまを隣にやりかけだったゲームと再開した女は会って数分も経ってないしすれ違ってもきっとこのモブ顔は見分けられまいと、再び面倒事に巻き込まれることはないだろうと考えたのである。


「どうして帰った」
「うそやん、記憶から消去しようよそこは」


まあ、予想は大幅に外れたわけだが。



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