宝石とさよなら | ナノ


▼ 309



30分ほどかけてようやく言いつけどおりに演習場を更地に戻してきたらしいナマエがへろへろになりながら釣堀まで戻ってきてチヨとエビゾウがそちらに顔をあげたと同時に倒れてしまった。
息を切らすナマエにけたけたと爆笑する向かいのチヨの顔を見、エビゾウはこんなに生き生きしている姉を見るのは何年ぶりだったかと長く伸ばしっぱなしの眉毛の奥で目を細めた。

「明日は湿布臭くなるな、ナマエ」
今からでも容易に予測できる未来に口元を抑えたチヨを見「チヨ様が若すぎるんですよ……」と肩を上下させ嫌味を吐いたが軽くいなされ、チヨは哄笑し目尻を指で拭った。
「お前は嫌味でも言葉を選ぶんじゃな」
嫌味の通じない相手にはそれじゃあ効果がないぞと不憫に思ったエビゾウが親切心で教えたが、子供のように軽く頬を膨らませてそうですよぅと拗ねる。
なかなかに人間味溢れる……、悪く言えば幼稚な反応をするナマエと子供じみた悪戯を仕掛けるのが好きな姉は、案外相性がいいのではないかと瞼を閉じナマエを指で呼んだ。
「何でしょう……」
へたれたままのナマエは首だけを動かし話しかけたこちらに視線をやる。自分の部下だったらどれだけ疲れていても上下関係を叩きこむために立たせたが姉の部下だ。
隠居した身であまりかかわりを持っても仕方がないと無関心なスタンスを崩さないよう腹の中に湧き出た怒りを治め、水のなくなった掘りを指さした。
「今すぐ局まで走って水流してもらえ、お前の術に持ってかれた分な」
「うぅえ…、了解であります……」
まじで…?冗談でしょと言いたげに顔を歪めたナマエも、覗き込んだら膝丈ちょっと上までの嵩しかない掘りの中で跳ねる魚を見て素直に従って背中を向けた。流石に肺が限界なのか走れないようだったが。


「おお、割と早かったな。途中から走ったか?」
雑談をしていれば上の方に位置する弁が開き流れ出した水に狭苦しい思いをしていた魚たちがようやくかと息を吹き返したように泳ぎだした。
深くなるにつれ鱗に光が反射せず魚影となっていくそれを瞼の肉が垂れた小さな目で眺めながらぼやけば「ワシの弟子を甘く見るんじゃないわ」とチヨが親馬鹿っぷりを発揮した。
徐々にスタミナも付いて来てる、半年で表向きのキンコウ並に使えるようにするし、その内お前の方から教えたくなるほどの忍にしてやるわい。
軍師であるものの自分より戦闘狂だったエビゾウが近い未来血が騒ぎだすだろうと、指導している間に自身が若干情を移しつつある弟子を思い描きそう予言した。



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