「おや、物好きですね」
女性が夜に出歩いてはいけませんよ。島崎は久々に会う気配に笑った。ようやく少し元気が出てきたななんて腹の内で思う。最近特にボスからパシられ過ぎて疲労が溜まっていたのだ。
いつもよりずっと遅い深夜2時とかいう中途半端な時間帯に帰宅しようとするナマエにでくわしたのは偶然だった、と言いたいところだが今夜の月は彼が深夜でもやってる店を覗いては去りを繰り返し、女が本日勤務していたコンビニを発見し腰を下ろしたのち、その駐車場にいた猫と(もちろん監視カメラの死角ではあるが)数時間ぼんやりと暇をつぶしていたのを知っている。

「ああ、マゾでサドの人」
「違います」

島崎の突っ込みをスルーし、お久しぶりっすと片手をひらりひらりと揺らしながら駆けてきた。小柄ではないが自分よりは下に目線がある女は「男でも危ないのには変わらんでしょうに」と島崎の顔を見上げ笑う。久々に聞いた声は耳に馴染む姦しさだなと日本語に違和感のある感想を抱いた。
まあ、話している内容にはその通りだと頷く。自分みたいな怖い人が暗躍の為にうろついていますからね。肩の位置まで両手を上げてワキワキと動かした。思わず正直に話してしまった。一瞬静寂が場を支配する。柄にもないことして滑ってしまったなと瞬時に把握し「なんてね」と続けようとした自分に目の前の女はまさかの肯定をしていた。なるほど。なんて大真面目に返され島崎はきょとんとしてしまう。
まさか怖がられているとは思っていなかった。楽しく話せる間柄だと思っていただけにショックを隠せていない島崎に普段から部下パワハラしてそうですもんねと続けたナマエ。思わず深ぁいためいきをついたのも致し方ないと思う。まあ、その程度で良かったとは思うけれど。

「ジュースの件引きずりすぎでしょう」
「いや私がパワハラで飲めってされたら辞表出すレベルのまずさだから」

部下じゃなくてよかったって心底思ったからねと人差し指を立て忠告する女に少し引きながら「わ、わかりました、もうしません」と神妙な顔で頷いた。視えないのに妙な迫力があった。

「よしよし、いい子のパワハラ男くんにはこれをあげよう」
「島崎です」
廃棄品らしい苺ムースを手に持っていたビニール袋の中から取り出した女の呼称があまりにも酷くて、先に教える気がなかったのに思わず口走ってしまった。
「島崎?」
「……私の名前です」
思わずぶっきらぼうな言い方になってしまう。名前を教えて欲しいと言っているのにスルーしてくるこの女への意趣返しの為取っておいたのに……。島崎の仮面の裏に隠していた小学生のような精神が丸見えだった。

「特段面白味のない名前なんですね」

人生そんなものかと一人頷き島崎を置いて思考を飛ばしている女にどんな名前を期待していたんだと訝し気な顔を向ければ「じゃあこれ、ナマエからの餞別です。島崎さん」なんて自分の手提げバッグの中にプリンだのシュークリームだのを丸っと転がして、先ほどくれようとしていたその中で一番値段の高いデザートと、スプーンをサイズの合わないでかい袋に入れて手渡す。蓋があるとはいえプリンだのゼリーだのは横にしない方がいいのではないだろうかと忠告しようか迷い、やめた。お節介だろうなとの考えに行き着いたのだ。そしてあれだけスルーされてきたのにとあっけなく今自己紹介されたことに口を半開きにした島崎が何とも言えない表情へと変える。今日は百面相だななんてナマエは音なく笑った。

「島崎さんなんかお疲れのようですし、これで糖分でも補給してください」
接客業歴の長いナマエの対人観察能力は優れていた。
一見さんにはともかく、ご贔屓さんには大抵声をかけるフレンドリーな性格であったことも島崎の手に渡ったデザートで伺えるだろう。
まあ賞味期限今日ですけど。からりと夜に似合わない声で告げるナマエが手を振って去っていく。その背に声をかけることも忘れた島崎の足元で黒猫が鳴いた。






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