ナマエは夜行性である。昼に起きて朝に寝る。
そのため相談所が終わった後の時間はフリーになるのだが、彼女は日課と称して深夜にひっそり知り合いの様子を見て回っていた。バレればストーカーだの過保護だの言われるだろうが、過去のせいで知り合いが理不尽に潰されるのが死ぬほど嫌いだったので、このもはや習性レベルの行動が対象に知られて否定されようとも軌道に乗るまではと続けている。そんな猫の縄張り確認のような行動中、あがる直前になって理不尽なクレームを唾を飛ばされながら怒鳴られていた桜威を発見したナマエがストレスの捌け口になりに行ってやるかと待ち伏せていたのだった。今日の獲物である。

「桜威ちゃん元気?」
「元気じゃないしその呼び方やめろ」
眼鏡の下で目を鋭くさせた桜威が手刀を落とす。落ち着いた私服だが疲労からかいつもより草臥れて見える。まるでサラリーマンの背中のようであった。
じゃれ合いにしてはそれなりに力を入れたものだったのでナマエは情けない声をあげて頭を押さえた。大体この時間に女子供が出歩いてるのは褒められた行動じゃないだろうと出会う度に真夜中であることに苦言し説教垂れだした桜威は、痛みに不貞腐れた顔を見せるナマエの真意を知らない。
フンと鼻で笑うと目についた移動式屋台ののれんをくぐった。「座れ」そう言って一人分席を空ける桜威もそれなりに慣れてきていた。愚痴をため込みだしたらタイミング良く現れる夜行性の人懐こい知り合いは正直ありがたかった。元敵であろうが禍根もなく近づいてくるから困る。勝手に懐に入ってくる去勢済みの雄猫にしか見えない、性別は女だが。桜威の鋭い目つきと常時眉間にしわを寄せた顔も少しだけ緩む。とはいえ常任には判別つかないレベルではあるが。ぽんぽんと隣席を叩いて呼ばれたナマエの非難する表情は既に霧散していた。

「まあ、偶にいるよそういうタイプ」
今までその境遇と、それによって形成されていった性格と、出来上がってしまった他者を恨んで生き抜いてきたという男の纏う空気のおかげでまともな職に就けなかった彼は初めての一般職に苦戦していた。どぼどぼと愚痴を零す。止まらない。あふれ出すそれを適当な場所で相槌を打ちながらナマエはラーメンを啜る。例の事件の後、仕事が決まらないと焦りしょぼくれていた彼を拾い上げた身として、先輩としてナマエは惜しむことなくアドバイスをしてやる。

「お久しぶり店長、メンバー足りてる?いい人材がいるんだけど」
そう言って連れてかれた今の職場で、やはりその強面と顔にあるデカい傷に引いた様子だった店長に「良いやつだよ、私より頭いいし」と推薦してくれたことは記憶に新しい。
というか暗い幼少期を過ごしてきた桜威は推薦されたのは記憶に新しいどころか初めてだったので死ぬまでこの出来事は忘れないだろうなと桜威は思い出していた。
ナマエのツテがなかったら未だに無職だっただろうと確信している桜威は若干の感謝を飛ばしながら素直に聞いていた。女の羞恥で濁されることなく語られる失敗談や経験談は桜威の精神を知らず知らずのうちに安定させだしている。"自分だけではない"のだと、仲間意識を芽生えさせるような話に今度は桜威が相槌を打つ。ところどころで励ましの声援を入れてくるナマエに、顔色を窺って生きてきた桜威は今この時からひっそりと気づきだしていた。彼女は自分を心配してくれているらしい。
満たされる心に若干恥ずかしくなってきて無言でずるずるとラーメンを啜っていれば「まあそんな桜威ちゃんにはお疲れチャーシューを進呈しよう」なんて適当なことを言いながら自分のチャーシューを分け与えてくる。端から見れば先輩の「俺も頑張ってんだからお前も出来るはずだ」と見えるだろう話からの急展開というか、ナマエの唐突な緩い空気に思わず店の親父が笑った。
……ああ、心配されんのはくすぐったいもんだな。曇った眼鏡の奥で目を細めた。






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