漂流する月 | ナノ


▼ 6


出会ったばかりの中年を放置したあげく家を留守にする女に頭を抱える。まさかすぎる。どういうことだ?監禁?これは罠か?一二三ならまあそういうことは過去に何度もあったし、わか…わからなくもないんだけど俺が監禁されるの?なんの得があるんだ?大混乱している独歩にどっかへ消えた家主が答えてくれるわけもなく、ドライヤーで乾かしたのをいいことに投げ渡された男物の服に着替えることもなく、ただただ玄関前でうろうろと足を動かしていた。無為な行動だがそれ以外にやることもない。でもまあどうせ会社には行けないなら苦しいしネクタイくらいは取るか…。
いったんリビングに戻りハンガーにかけられているジャケットを落とさないように適当に引っ掛ける。5分も潰せなかった。当たり前である。
再び無為な行進を始めた独歩は爪を噛んだ。なんで俺をこの家に連れ込んだ?メリットは?無限ループに陥りだした独歩がぐるぐると玄関マットを引きずる。靴下が少し濡れていたらしい、引きずられズレたマットを元の位置に戻した。他人の家で勝手に脱ぐことは憚られた。ぴちゃりと足音が濡れる。気持ち悪い。靴箱から何かを取り出したのか半開きだったので不躾ではあるが中を検めた。靴の少なさから言っておそらく独り身だ。何点か男物があるがサイズがまちまちで使用感が全くない。インテリアにでもしていたのだろうか。独歩の考察はあながち間違いでもなかったが、それを肯定する人物は、というか家に他に人がいる気配がない。何かをしてくれとばかりのシチュエーションだった。が、独歩にそんな勇気はなかった。彼は常識的で他者のことを考えられる人間だった。
他人の家で自殺は困るだろうし死後も迷惑かけるのは忍びない。だからと言って外に出ればこの家は誰がカギを閉めるのかという話になってくる。困ったな、割と本気で。うちにいればいいとか言ってくれたがほんとに向こうにメリットがないのだ。ループも三回目で諄さがあるが彼の脳内も足元と同じくその場を尾を追う犬のように回っていたので仕方ないのである。そんなことを繰り返していれば外でエンジン音が近づく。ここだ、敷地内に入って来た。音が止む。4輪のものではない、バイクらしい。ガチャガチャと玄関の前でキーホルダーがざわついている。あっ、ご家族の方だったらやばいのでは?ガチャリと鍵を回されたのを耳にして独歩は身体を跳ねさせた。……なんで正座しちゃったんだろう。
十中八九変人と揶揄されるだろう己の行動を顧みて胃をズンと刺す痛みとひたすら格闘する。ちゃんと出てくから通報だけは…。縋るように視線を向ければ先ほど見た女が覗いた。ライダースーツを着ているがどうにか判別はついた。おま、お前か。ちょっと安心した。いや、なんで閉めんだよ。玄関先にいた俺に驚いてこけた女を起こしてやった。恥ずかしかったのか拗ねつつ顔を赤らめていたが礼は欠かさない所に育ちの良さが窺える。そういえばこうやってお礼を言われたのいつぶりだったかな。ライダースーツを脱ぎ捨てながら移動する女に頼まれ後ろ手で鍵を閉めた。

得体のしれない中年を拾うだけですでに頭のネジが何本か外れてるのを疑うレベルなのに引きずるように持ってきた大荷物がすべて自分の最低限の生活用品なのを聞き脳内は混乱を極めた。本当に養うつもりらしい。なんで、どうして。理由を聞かされたが納得できなかった。貰ったエネルギーゼリーを啜る。慣れた科学の結晶の味だ。異世界でもそこは変わらないらしい。
「まーだ納得いかないって顔してるのほんと草、まあ私仕事に入るからちゃんと寝なよ」
どうにもならないときは寝て忘れるに限るとからから笑って出て行った女を両目で追った。出会ってから幾度となく見せられた背中に危機管理意識の薄さを見せられたようで身震いした。最近の女怖い。怖いけど……。
「温いな」

すんと鼻を鳴らした。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -