漂流する月 | ナノ


▼ 5


公園を出て体感10分ほどを連れられるままに歩いていれば見た目普通の一軒家にたどり着く。営業で回った事のある豪邸より遥かに庶民的で好感を覚える馴染み深い造形の、まあつまりモルタルで彩られた平々凡々な鉄筋の家である。
鍵を差しスムーズに中へと入る女についていく。玄関にはミョウジと書かれていた。普通に札に苗字付けてるってことは犯罪じゃないのかもしれない。内から呼ばれたのでどうせ外にいてもどうにもならないしと革靴を揃えて端に寄せた。手を伸ばして三和土に下りずに鍵を閉めるズボラな女を呆けた顔で見つめる。傘は適当にその辺にかけてあった。


上がり框の高さのまま続く廊下を観察する間もなく、ついた扉の中へと入れば、そこには仲間も家族も待ち構えていない…要は普通のリビングとなっていた。
適当に座ってて。そういう彼女の言葉に甘えてとりあえずジャケットを脱ぎ鞄と共に膝の上に置く。濡れた肩が少し冷たかったがこれ以上自分に出来ることはなかったので放置した。
「はいこれ、肩もついでに乾かしな」
ジャケットは貰うね。問答無用でスーツを取り勝手に壁に掛ける女から渡されたドライヤーを見つめる。普通にありがたかった。肩にはタオルをかけてもらいそのまま湿った髪を乾かした。
女は買ってきたビールをテーブルに置きキッチンへと向かう。ぶち抜き見たいな感じなので垂れ下がった前髪からはその姿を確認することができた。レンジを動かしているようだ。じりじりとタイマーが動くのが聞こえた。





まさかガチで善意のみだとは思ってなかった。
久々のエネルギー飲料ではない固形飯を口にし、胃が受け付けずに3口でスプーンを置くことになった。目の前の家主はマジかよ、みたいな顔をしているがすみませんマジなんです…。まあ食べれないなら仕方ないかと恐縮する俺から皿を奪い口にしだした女に今度は俺が驚く番だった。え、見ず知らずの…さっき会ったばっかの中年が手を付けたもの普通に食うんだ…。
「回し食いくらいでがたがた言うなよ」みたいなことをぬかす女に逆に俺が犯罪者だったらどうすんだよと思わず善意の自虐を飛ばす。というか普通に普段からお前の辛気臭い顔見てると飯が不味くなるからどっか行って食ってくれって言われてるし俺が手を付けたもん味が変わってそう…そんな気がしてきた…。科学風味なエネルギー飲料ばっかなので気づかなかったがそういえばお気に入りだったコーヒーが甘くなかった気がする。俺のせい、あるのでは?味が変わったのも俺のせいか…。
ネガる独歩だが残念ながらこの話にはタネがある。独歩は疲れすぎていたのでその時に隣のボタンを押して無糖を買っていたのだった。まあ未だに気づいていないので勘違いは加速する。

「それはないでしょ」
適当に相槌を打ってくれた女が俺の言葉が止まった瞬間に否定した。待っていたらしい。確かに毒物忍ばせてたら職質の時点で捕まってるな。思わず笑った。確かにそうだわ、なんで気づかなかったんだろうな。察しが悪すぎる。これだからハゲ課長に毎日怒鳴られることになるんだ。もっと周りを見なきゃ……、つらい、周り見てたらそもそも今頃会社についてたわ。完全に周囲の確認できてなかった俺のせいじゃん……、つっら……。
口に出ていたらしい。女はピラフを完食し頬杖をつきながら聞いていたが何か気になることがあったらしく割り込んできた。
「流石にヤクはキメてないぞ」
「いやそうじゃなくて、説明がめんどくさいな…」
そうだよな、俺めんどくさいよな。うんうんと話を聞いてくれていた女の口から出てきた6文字に地味に凹む。せっかく前置きした主語は独歩の頭からすっぽり抜けていた。流石に立て続けの独り言に危ない奴と判断したのか部屋を出る。でも追い出さない。可笑しな奴だな。上体を起こしているのがつらくなってきたので額をテーブルに打ち付けぶつぶつ自嘲していた俺の目の前にすっと何点か物が差し入れられた。芸能雑誌だった。「これ今日の日付なんだけど」そう言って指を差された数字の羅列に目を見張った。なん…なに?H歴じゃないのか?いよいよもっておかしくなってきた。トップニュースらしい表紙の人物に見覚えはない。芸能人が結婚詐欺?某アイドルグループ卒業。どれも知らない名前が書かれている。いやマジでどういうことなの。

「なあ、これ夢か?引っ張ってくれない?」
「情報に齟齬が生まれてるみたいなのに夢だったら君の妄想力半端ないってことになるけど」
割と本気で羨ましいと首を縦に振る女に何も羨ましがられる要素なかっただろと突っ込んだ。嘘は言ってないようだが俺にはその要素が皆目見当がつかない。妄想力逞しいことが何になるというんだ。しかも勘違いを起こしてるだけで別に自分は妄想力逞しくないし。
「パラレルって知ってる?」
「中年のおっさんが業界用語なんてわかるわけないだろ」
「何の業界だよ、いや界隈という意味ならあってなくもないわ」
オタクには割と常識だけど…そっか、一般人は知らないのかと独歩を置いて一人納得する女が片手間に作ったらしい氷嚢を額にあてられた。えっ…、優しすぎる…。だが話は一人で進める。お前まで置いていくのかと内心悪態づいた。常時疲弊状態の独歩は脳みそが動いてないので非常にチョロかった。そして拗ねるのも早かった。
「ええとね、平行世界はわかる?事故で死んだあの子が生きてる世界…とかそういう」
女の言葉にニュアンスは伝わったと頷けば理解力早いタイプか、良いねなんて言いながらアクセルを全力で踏み出した。普通なら交わることのない世界が何らかの干渉を受けてとかそういう壮大なストーリーがついてきそうな所だけどあいにく観測者ではない私ら登場人物は謎のまま終わることが多いんだよね、残念…。途端に息継ぎを確認できないほど早口になった女を独歩は遮った。
「現実なのか…」
「そう」
「つまり、つまり俺は物理的に会社クビに…くそ…」
やっぱりもう死ぬしかないだろこれ。頭を抱えた独歩の肩を先ほどまで講義のレーサーとなっていた女が「名前は」と問う。脈絡のないそれにもう俺の代わりに自宅の存在を確認してくれとの気持ちで名乗った。「…観音坂独歩」「独歩ちゃん」女の口から俺の名前がでる。馴れ馴れしいなこいつ、OLとかやったことなさそう。初手はせめてさんをつけろ。「うちに居なよ」独歩は地味に偏見を持った。ん?というかなんか喋ったか?
「宿ないんでしょ、うちに居なよ」
聞いてなかっただろうと笑われ繰り返された。聞いてなかったのはその通りだけど泊める理由がないだろ…?正気を疑う俺を置いて…いや手を引いていき、とある部屋のドアを開ける。
寝室である。
ベッドの下のスペースから男物のシャツとスウェットを取り出し渡される。こいつにすら恋人いたのか…。ずいぶんと失礼なことを考えていた独歩にはいない。ネガる。
遮るように隈を無遠慮に揉まれた。
「とりあえず何もすることなさそうだし寝なよ」
いやなん…なんで?






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