漂流する月 | ナノ


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少し遠出をしなけりゃならなかった為バイクを飛ばし帰宅した私はガチャガチャと適当なキーホルダーを掻き分けて差し込み玄関を開け、そして思わず扉を閉めてしまった。
寝てねぇ!!!!!!!こいつ玄関に正座してやがる怖っ…!
なぜだ?あの6徹してた私と同じくらいの隈を携えてるんだから絶対におねんね3秒だったはずだ。適当に使用していいって言ったしいじられて困るものをいじるような男にも見えなかったから全権明け渡して買い物に出たのにとんだホラーだわ。
そろりと薄く玄関を開ければ裏から同じようにのぞき込む目と出会った。こっええええええなになになにどういうこと!?
ライダースーツの私を上から下まで嘗め回すように見た後ガチャリと玄関を開く独歩ちゃんに私は思わずバイクの元まで駆け寄ろうとしたのだがくそっやられた!足元の荷物ゥ!!!

こけた私にねめつける様なさっきまでの視線から一変、心配そうに駆け寄ってきた丈の短い私の服に着替えてる独歩ちゃんに起こされた。
「お見苦しいところを…」
「いや、見知らぬ男に家任せて出てくとかバカだろお前…」
開幕喧嘩を売ってくる独歩ちゃんに人を見る目はあるつもりなのでと煽り返す。
俺が金盗んだりとか思わなかったのかよとじっとりした口調で直言してくる独歩ちゃんにないねときっぱり返してやった。
「そんな気力残ってるような身体してないでしょ」
生きようって気力が見えないもんな、鼻で笑えば図星だったようでむすっと顔を歪めた。
「ていうか寝てなって言ったじゃん」
「家主もいないのにんなこと出来るわけないだろ」
固いなこいつ…。私だったらどこでも3秒だわ。まあいいやどうせ起きてるならゼリーでも腹に収めさせてから寝かせよう。
「……ほら、鍵閉めてきてね」
素直に中に入り、つっかけていたサンダルを律儀に揃えてから追いかけてきた独歩ちゃんの為に自分が据わっているソファーの横を指さす。
細身の体重で軽く沈むんだのを尻で確認しながら固く結びすぎてほどけなくなった袋たちを一つずつぶちりと引きちぎっていく。
流石に力業過ぎると「触るぞ」と宣言し手伝い出した独歩ちゃんから受け取り中身をローテーブルの上に並べていった。

「……いやおかしいだろ」
「このくらい必要じゃない?」
「赤の他人に金をばらまきすぎだって言ってるんだ、理解ができない」
どうせ帰り方の検討すらつかないしそこは観念したけど…アンタは一体俺に何をさせようとしてるんだ。
揺らぐ日本人離れした色の瞳に首を傾げた。うちに連れてくる間に言ったよね?面白そうだからアンタの人生話してほしいって。つまんない男の人生なんて騙るもんじゃないみたいなこと言ってたけど。トリップしてきた時点でもうネタの宝庫に決まってんだよなぁ…。


「大体どこにそんな金が…」
「ああ、それは言ってなかったね、私売れっ子漫画家なのよ。だからほら、異世界人とかいうネタの宝庫のヒモ大歓迎です」
利き腕で力こぶを作る私を見て物語る顔が信じられない一色でまことに遺憾である。まあいいんだけど。例えば某大手ゲームとかにもかかわってるし、ほかの出版社でも時々お仕事受けてるし、持ち家の独身貴族だから金の減り少ないのよねと笑えば素直に羨ましがられた。税金が男の10分の1でもなく完全なる無なのかってどういうことなの…。性差で税金変わるの?独歩ちゃんのいた世界怖すぎるんだけど…。
「女尊男卑の法が確定したからな…」
「ひえ…つらすぎる…よく耐えてきたね」
生きろ独歩ちゃん…、そんな思いで買ってきたエネルギーゼリーを手渡せばそれは素直に腹に収めてくれた。聞けば固形物があまり消化できなくなってきたからだという。こいつ今後病人食決定だわ…。

まあこの世界にいる間は寛いでくれよと下着だの洋服だのの袋を渡してさっき案内した寝室の方を指し示せばありがとう…と小さい声で呟きリビングを歩いて出て行った。







ふらふらとたどり着いたベッドに倒れ込み、独歩はぐすりと鼻を啜った。あれほど人と話したのは先生と腐れ縁の幼馴染くらいだった、ましてや異性である。日常的にぶつぶつと呪詛とネガを唱える独歩に友人ができるわけもなく、異性の影もあるわけがなかった。29歳にして初めての出来事だった。話を聞いてくれるどころか同情し歩み寄り、甲斐甲斐しく世話まで焼かれてしまった。
女らしく着飾ってるわけではないが、大衆受けするタイプの溌剌とした女ってわけでもない。
自分の存在を面白がる彼女は奇特なタイプの人間なのは間違いない。だがそれでも、独歩にとっては初めての仲良くしてくれる異性だったのだ。
じっとりと自分の立っている場所がぬかるみに落ちていくような…足元が濡れていくような感覚に襲われる。気のせいだと歩みを進め、目を瞑る、俺はまだ独りでも歩ける。






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