「そういえば今日面白い人と出会ったんだ」
夕食時、両親と団欒する兄の話に耳を傾けていた律は対抗意識を燃やしていた。


翌日、霊幻との交渉戦の末、時給を最低賃金以上に値上げさせたナマエが給料の保証と引き換えにフリーの時間を増やす為バイトの店長にその旨を伝えて回っていた。
各々ナマエが就職したと勘違いし、もっと前に言ってほしかったと言いながらも喜び破格の日数で契約解除をさせてくれる店長達には頭が上がらない。残り3日、あいてる穴のヘルプに努めるかと街路樹を保護するための囲いオブジェに座ってスケジュール帳に書き込んでいた時だった。
「アンタがナマエさん?」
「んあ、誰?」
目の前に落とされた陰に思わず間抜けな声が出る。カツアゲかと思ったが声をかけてきた人間は一人だけで、体格が良いわけでもない。ツッパってもいなそうだった。しかも多分中学生である。
声をかけてきた意図が掴めず眉根を寄せたナマエに少年はこんな奴が?と疑問を零した。おい聞こえてんぞ。
「私忙しいので要件あるなら手短にオナシャス」
ひらひらと手帳を揺らしアピールするナマエに瞬間沸騰しかけたが律は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「兄に近寄らないでいただきたい」
それだけ告げてくるりと踵を返し立ち去った少年に、ナマエは首を傾げた。「誰だよ」せめて名を名乗れ。


「ボスってさ、年の離れた弟とかいる感じ?」
店長に仕事辞める旨を伝えてくると言って出て行ったナマエが事務所に帰ってきて最初の発言がこれである。いないけど、となぜ唐突にそんな質問をされたのか理解できない霊幻がとりあえずアンサーを出せば、ナマエはふむと足を組んで悩み始めた。
「いや、私こう見えても交友関係広いんですけど」
「それは昨日のトークアプリの操作の慣れから察してた」
あ、まじで?照れるぅなんて頭を掻くナマエにいいからと話を促す。大した事じゃないんだけど。そう前置きしてからナマエは口を開いた。
「ヤンデレっぽいブラコンに牽制された」
「大したことじゃねーか」
「いやまじ、お前ほんと大丈夫なの?」思わず心から心配してしまった霊幻に「まあ近づかなければ大丈夫なんじゃないですかね」と脳裏に弟持ち兄の関連者を検索して排除ボックスへとドラックしていく。友人か消えようともわが身のが大事なのであった。なおその検索項に答えの人物がいないのをナマエは知らない。そして霊幻もモブに弟がいたことを忘れていたため状況は良くならないのだった。そしてすぐあとに来た「すみません、心霊相談をしたいのですが」の声を笑顔で迎えた詐欺師二人の脳内からは問題そのものがきれいに霧散した。





「いらっしゃいませ」
霊幻が適当なマッサージを繰り広げお祓い(笑)を終える。
気持ちよくなって帰っていったあの客以降誰も来ることなく業務を終了した霊幻とナマエは駅前の道を歩いていく。「じゃあ俺はちょっと行くところあるから」そう言って電車に乗り込んだ霊幻を見送りそのままホーム反対の大通りを出る。相談所の待機時間中に携帯でヘルプを呼ばれたので引き続き仕事なのであった。ワーカーホリックなの?道中聞いてきた霊幻に夜行性なだけと返した。朝に普通に寝てるのだった。
「店長、交代しますよ」
ナマエがヘルプに入ってくれたのでようやく帰れるとバキバキ関節を鳴らして疲弊した顔で出て行った店長を見送る。夕方バイトの無断欠勤だったらしい、立ち去る背中にお疲れ様と声を投げておいた。
夜のディスカウントショップは少しアダルトな空気に包まれる。
イチャイチャした男女がグッズ売り場を吟味し荒らして立ち去って行ったので、ナマエはベルでレジを呼んでくださいの立て札を置いて整頓しにコスチュームコーナーへと入っていった。ベテランバイトが各店をやめることを割と仲間内で惜しまれていることをナマエは知らない。
ハンガーから落とされたまま放置される光景は見慣れすぎているのでもはや何も感じることなく黙々とその場を直していたナマエの視界におかしなものが映り思わずそっちに目を向けた。

パーカーのフードを被った少年がカツラを買い占めている。しかも全部同色。

作業をしていたはずの店員の手が止まったのを察し、フードの少年は気まずそうに顔を背けた。
「らっしゃっせー、パーティーでもすんの?」
まさか店員に村人A以上のことを話しかけられると思ってなかった少年はたじろぐ。落ち武者をどうにかしたいなんて言えるはずもない。真っ赤になっていく少年は目尻に涙を浮かべた。トラウマが掘り返されてしまったのであった。
その涙を目敏く見つけたナマエはさらに少年のフード頭頂部が髪の毛があるような盛り上がりをしてないことに気づいた。いじめだろうか。口元に指をあて少し考え込んだ後、ちょっと待ってなと言って後ろの隠しラックの鍵を開けた。
「お金に余裕があるならこっちの方が自然な髪質だよ」
その真キンキンの奴よりいいと思うけど。取り出したカツラのグレードはカゴの中の物より3つほど高いが確かにぺらっぺらの薄いパーティー用の物よりは自然である。近々コスプレイベントがあると言って買い占めていった女の子たちによって店頭からは消えていたそれを棚卸前に勝手に取り出して「内緒な」とウインクしていくつか渡す。店長には適当にメールを入れて置こうと立ち上がりレジに帰ろうとしたところで少年はようやく口を開いた。
「あの、もう少し売ってもらえませんか?」
交換用だろうか、まあ蒸れるって言うしな。
同色で良いの?と聞けばうんと頷かれたのでさらに必要なだけ取り出す。正直こんなにいるのかとは思ったがまあ、買ってもらえるなら在庫の計算が少し狂うだけで済むからいいかとカタカタレジを通してやった。


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