企画 | ナノ


▼ シュデン




父は私を逃がす為に囮になり、骨になって帰ってきた父の亡骸を見た日から母は変わってしまったのだ。
父が死んだことを受け入れられない母、そして起業したばかりの父には借金もあった。
収入のなくなった私たちは里内部に住めなくなり、逃げるように砂の隠れ里を出て、スラムのような暮らしをしていた。
わけありの人間たちが集まっている所だったが人が全くいない場所よりははるかにましで、6歳になったばかりの私はそこに砂漠の日差しからどうにか守れる程度の簡素な家を建て二人で暮らし始めた。
だが家では母が泣き、どこから話を聞きつけてきたのか借金取りもたびたび現れた。それを見たくない私はなるべく働きに出て稼ぎ、収入は母に渡しパン一枚で一日をしのぐ。そんな日々を送っていた。

その日は遠出をし数日かけて金持ちの手伝いをしてきた日だった。
帰宅した9歳の私が今日の収入を母に渡そうと財布を手にした時、全身にどろりとした水分が触れた。
濡れ鼠になった私が何事かと目元をぬぐい母を見る。母の瞳は目の前にいる私すら映してはいなかった。
そこだけぽっかりと無音の空間に閉じ込められたような気がして私は母から目が離せなかったのだ。
ゆっくりと私の足元に落ちていく一本のマッチ。
「貴方がパパを殺したのよ」その言葉を頭で理解した時すでに母は見えなくなっていた。
熱いとも痛いとも感じず、ただ冷たさだけが肌を刺した。
エスカレートしていく母の罵倒の中で、ひとつ“化け物”という単語が出てきた。
6歳からの3年間、母を養う為身体を使い、時には手伝いとは名ばかりの暗殺をしていた私にはお似合いじゃないかと自嘲する。
財布ごと燃えてしまったなぁ、母一人でこれからどう暮らしていくんだろうとぼんやりした頭で考えていると、開けっ放しだった玄関から大量の砂が私を飲み込んだ。
「化け物の何が悪い」
砂の波に全身を打ち、全身火傷をした私の肌を刺すような痛みが走り、それでも少年の声をどうにか捉えようと気絶しないように気を張っていた。



多分彼にとっては同類に向けたきまぐれだったのだろう。
爛れた皮膚は固定し、赤黒い顔になったが私は生きていた。
物心ついてから初めて入った病院のベッドらしきところで、起き上がることができない私は「具合はどうだ」と見舞いに来てくれた彼に言葉だけでもとしゃがれた声で挨拶をした。
昏睡状態から何とか回復した私に彼は我愛羅だと名乗り、自分がお前を買ったのだと通告された。
母は私を売ったらしい、借金を帳消しにするために。それを理解したところで乾ききった身体から涙なんて出なかった。
解りましたと了承の意を伝えたところで子供一人にそんな大金を払う価値などないはずだった、風影の子が自分を買う意味が解らなくて尋ねる。
どうやら暗殺をしていたことすら筒抜けだったようで、自分の計画の為にその力が欲しいのだと彼は言った。
「アカデミーに入れ、簡素だが寮もあるし住む場所に困らないだろう」
そこを一年で卒業し、数年後オレが風影になった時に上忍に上がれていたらお前を引き抜きたい。淡々と私の今後を決めていく我愛羅様に化け物の私は頷く。
助けてもらった恩もある、彼の為に内容すら知らない計画の手伝いをする事を決めた。




将来を我愛羅様の忠犬として過ごすことを約束した私がアカデミーに入り卒業間近に迫った時だった。
身体能力は飛びぬけていた為、睡眠をとるのも惜しんで頭に叩き込みどうにか約束通り滑り込めた私は今日もまた図書室へ向かい勉強をしようと大量の本を揺らしながら持ち歩いていた時だった。
本棚の陰で恩人の悪評を耳にした。
思わず飛び出てマウントを取る。暗殺で鍛えた私にただの子供が敵うわけがなかったのだ。
風影様に呼び出された私は手加減をしていたことでどうにか独房に卒業まで入れられるだけで済みそうだった。
新しい本を借りに図書室へ出向けないものの、戦力を欲しがっている砂の上役は私の存在をありがたがってくれたようだ。
他里ならこうはいかなかっただろう、どうにか恩人の契約を守れそうだと看守に願い出て本を借りに行ってもらっていた時だった。

重い扉を開けて入ってきたのは我愛羅様だった。
いつもの様に重い瓢箪を背にしているのにその姿は風影候補としての頭角を現しており堂々としている。
いくつかの本を牢の中に差し出して来て、我愛羅様は「オレの悪評程度で馬鹿なことをするな」と零した。
申し訳ございません、謝り急いで頭を下げた私に我愛羅様は看守の椅子を牢の前までひっぱってきてそこに座った。

「化け物と言われようが、自分がそこに存在していればそれは自分だ」
そういう面があるからと言って自らを化け物にする必要はないと我愛羅様はまるで自分を諭す様に語りかける。
必要最低限以下しか口を開かず、威圧するような眼力と態度に他者は避けて通る為、自分を守り抜くためにそういう考えに至ったのか。シュデンは爛れた肌を隠すための包帯の奥で我愛羅を見つめる。
自分も母親に捨てられていなければ、彼に助けられていなければ同じようなことを言っていたかもしれないのだ。彼の味方はいない。
自分が同じ立場になりようやくそのことに気付いたことにどうしようもなく遣る瀬無くなり、瞳をそらすと彼もまた自分から瞳をそらし空を見つめた。

「昔大切な人がオレにそう言ってくれたんだ」
だからオレはその言葉を信じられるのだとぼそりと呟く。
誰だろう。夜叉丸様だろうか、我愛羅様の身近にいた存在なんて彼くらいしか知らない。
昔という単語できっとそうなのだと結論付けて、ゆっくりと我愛羅様の方に視線をやった。
それを待っていたかのように彼もまたこちらを見て、受け売りだがと前置きした。

「生きて欲しい、これもその人が送ってくれた言葉だが今度はオレがその言葉を送る」
……シュデン、お前にだ。口の端を僅かに持ち上げた我愛羅様はそう言ってがたがたと看守の椅子を元の場所に戻した。
目を丸くして彼の背を追っていれば「少しはその死んだ目も回復したか?」と笑った。
我愛羅様のその顔を見たのは独房に居る私一人だけだった。彼もそんな顔をして笑えるのだ。
彼の気遣いと共に焼きつく様に染みわたっていったその笑顔にシュデンの包帯で影になった一対の目は我愛羅の言うとおりに光を再び灯し始めていた。
その時、忠犬の彼女はその心も我愛羅に捧げたのだ。




シュデンは忍になって最初に覚えた変化の術を使い顔の傷を消した。
チャクラの無駄な消費となってしまう為今後はいつもの様に顔を布で覆う事を決めているが、今日くらいは我愛羅に自身の綺麗な顔を見てほしかった。
ノックしたドアの向こうから入れと影にしては若い声が返ってきた。
「シュデンです、お約束通り上忍まで登ってきました。どうぞよろしくお願いします」
忠犬は風影になりたての我愛羅の前に片膝をつき、頭を垂れたのだった。







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