Irene | ナノ


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目を覚ました女は奇跡的に自分が生きていたことに気付き腹に手をやった。
男の出した糸で操られたクナイがいくつも突き刺さったのを覚えている。ピリリと痛みを感じるが撒かれた包帯の下では縫われたような凹凸が感じられる。
物好きもいるものだ。ただでさえ負傷している今あまり体力を消耗したくない、温存するために化けていた身体を元の巨大な蜘蛛の姿に戻した。
……どうやら気配を察知する能力すら鈍っていたらしい。ガタンと何かに躓いた音に振り返った蜘蛛は上顎をきしりと動かした。

「オレの素材をどこにやった……」
訝しげに、しかし警戒も怠らず蜘蛛に向かい手を掲げた少年の左腕にかえの包帯と薬が乗っていたのを見て6つの単眼を一度きょろりと回すと恩人らしき人物に先ほどの姿を見せた。
助けてくれて感謝するぞ。潤んだ瞳を細くして微笑めば絡新婦かと心底残念そうに半目を閉じた。素材には使えなそうだ。
見た目に惹かれて拾って来たようなものなのに使えないなら話は別だった。治療し損かよと舌打ちすると手の甲を向けシッシッと突き放す。
腹に負担がかかる為下半身を蜘蛛にかえた女は4対の歩脚を動かしサソリの前に歩み寄った。
それに反応しピクリと降ろした右腕の人差し指を動かしたが、構わずサソリの顔を覗き込んだ女は「少年」と前置きすると口を開いた。
「我も長く生きてきたがお主のような態度は初めてじゃ、気に入ったぞ」
まあもう少し男前な方が好きなのだが。ついとサソリの頬を指でなぞり絡新婦が名前を聞く。
殺気を感じ取ることはできるくせして現在の予想外の馴れ馴れしさに呆気にとられていたサソリは思わずそれに答えてしまった。
ふむふむ、蜘蛛の先祖と言われる目の中、良い名じゃな。おまけに腕も顔もいいときた。
一人よしよしと相手を置いて納得する女は再びサソリの顔を覗き込むと「サソリとの子を生すことにしよう」とぶっ放した。

「しません」
思わず敬語を使ったサソリに予想外だとでも言いたげに噛み付く女にまずお前のこと知らないしと返す。
オレにだって女を選ぶ権利はある。そう言いたかったのだがいかんせん人付き合いがめっぽう少ないサソリ。直接言葉を口にすることはなく察せよと省いたのだが女に伝わらなかったようだ。
「我の名は知朱じゃ、知りたいのならしばらくお前と行動を共にしよう」
してほしいことは言ってくれれば大抵出来るし我のことも解る。場所以外にはそれほど問題ないであろう?
名案だと条件を提示し聞き返した知朱にめんどくさいと瞬身を使って逃げた。


途中の小さ目の…所謂秘密基地で一晩を過ごそうとしていたサソリだったが、予想外に面倒でしつこい女に絡まれた事で結局アジトまで歩き通してしまった。
任務を言い渡しに来たペインが傀儡の癖にやつれた顔をしたサソリに気が付き声を掛ける。
何でもないと憔悴したサソリの背に見慣れないものが見えたがそうかとだけ返し、講堂へと入っていった。

「サソリや、ここはあまり肥沃した土地ではないのう……」
新居にするにはいささか不満があるぞと端正な顔を膨らませた例の蜘蛛の声に、サソリは岩でできた床で器用に音を立てその場から離れる。
きょろきょろと視線を動かし特定しようとするも、相変わらずその声は自身の背後から聞こえており、観念したサソリが参ったから出て来いと両手をあげた。
「テメェ何でついて来てやがる、……それに良くペインに見つからなかったな」
サイズまで変えていた知朱が張り付いていたサソリの背中から床へ飛び降りると半身を蜘蛛のまま女の大きさにまで戻った。
「あの男は気づいておったが蜘蛛にしか見えてなかったようじゃの」
それに早々に気付かれる化け方しかできん妖怪なんて困るじゃろうがと悪戯が成功し顔を綻ばせた知朱がサソリに抱きつく。もうサソリにはこの押しかけ蜘蛛を振り払う気力もなかった。
「サソリだって我の糸には興味があるのだろう?」
最初に拾ってくれたときずっと指先を見ていたじゃあないか。
どうやらあの時女は意識があったらしい。腹の内を当てられて邪魔だけはするんじゃないぞと念を押したサソリに一層抱きつく腕の力を強くした女は少しならくれてやっても良いぞと形のいい唇でサソリの頬を啄んだ。

「ところでサソリや、鶴なら機でも織るところだが蜘蛛は何をしたらいいと思う?」
埃塗れだった部屋の隅を掃除し寝床を作り始めた知朱が飛ばした疑問に知るかと答え、腰の巻物を降ろした。


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