あぶない☆タイガーさん


定時を3時間ほど過ぎた頃、人気の少なくなったアポロンメディアの廊下でなまえに出会った。


「お疲れ様です」
「おう、お疲れー」


一日の仕事終わりらしく、化粧は少し崩れていたし表情にも疲れが滲んでいたけれど、それらは年下の恋人の魅力を損ねることにはならなかった。
ふわりと会釈をしたつむじを見下ろしながら、あーセックスしてぇな、なんて思う。


「なまえ」
「はい?」
「帰んの?」
「はい」
「んじゃ、送る。飯食って帰ろうぜ」


するとなまえは嬉しそうに頬を緩めて「はい」と言った。

基本的に素直で従順なこの恋人は、今この廊下で抱き寄せてキスをしても形式としての抵抗はすれ本気で怒りはしないだろう。
社内恋愛は公然の秘密、とはいえあからさまに社内でイチャつくのはマナー違反だ。
そのくらいは俺だってわかっている。

けれど、無人の会議室で、自動販売機の影で、時には出先のテレビ局の楽屋で、悪戯をしてやった時のなまえの表情を思うと手を出さずにはいられない。
羞恥と、理性と、快楽と、情欲と、紙一重で天秤にかけられたそれらが絶妙に入り混じって、たまらなくそそられるあの顔。
それは、家のベッドの上では見られない表情だった。


「それじゃあ、お化粧とか直したいので女子更衣室行ってきますね」


なまえが2メートル先のドアを指さして言う。


「更衣室?」
「はい」
「ふーん、じゃ、俺も行こ」
「は?」


なまえの手を引いてずかずかと更衣室に向かう。
この時間、このフロアに勤める女子社員がほとんど帰宅済みなのは知っている。
そもそもこのフロア自体、女子社員は非常に少ないのだ。

ノックもせずにドアを開くと案の定誰もいなかった。


「ちょ、虎徹さん!」


慌てて俺の身体を押し出そうとするが、敵うはずもない。
するりと身をかわして室内に入り、わざとらしく呟く。


「さて、なまえちゃんのロッカーはどれかなー?」
「っちょ、やだ、何!」


なまえが一つのロッカーの前に立ちふさがる。
そうか、そこがお前のロッカーか。しかしなんでそんなに隠すんだ?


「何、なんか見られちゃ困るもんでも隠してんの」
「そうじゃないけど!き、汚いから!」
「別に勝手に開けたりはしねーよ」


そう言ってロッカーに手をつき、腕の中に閉じ込めるとなまえが上目遣いに睨みあげてくる。
ああ、だからその表情は逆効果だって。


「化粧直し、するんだろ?」
「…できないじゃないですか」
「うん、そうだなあ」

俯くなまえの顎を持ち上げて視線を合わせる。


「化粧なんか直さなくったって、十分かわいーぞ?」
「…マナーの問題です。ご飯食べに行くんでしょ?」
「俺は、飯よりなまえが食いてーなぁ」
「虎徹さ…っん!」

唇を重ねて舌を割り入れた。
一瞬だけ抵抗するような素振りを見せて、なまえはちゃんと俺を受け入れてくれる。
舌を絡めると、ぴちゃ、と水音が立った。
なまえが甘えるような鼻にかかった吐息を漏らす。
腰を抱き寄せて密着させると、お互いにとても熱い。

唇を離すと、なまえの表情はすっかり蕩けていた。


「…ここでする?」


耳元で囁くと、なまえの瞳がキッと鋭い光を取り戻した。


「し・ま・せ・ん!もう、出てってください!!」


さっきまで蕩けていたとは思えないほど力強い腕が俺の胸を押す。
しまった、やりすぎたか。


「なまえちゃん、怒った?」
「怒りました。虎徹さん、やりすぎ!早く出ていかないと警備員呼びますよ」
「え、ちょ、待って」


一度正気に戻るとなまえは強い。
そのまま俺をぐいぐい扉の外に押し出し、ご丁寧に内鍵までかけやがった。


「ちょ、なまえちゃ〜ん」
「…何してるんですか?」


げっ、最悪のタイミング!!

女子更衣室の扉に縋る俺を、制服姿の警備員が怪訝な顔で見ていた。


「今、女子更衣室から出てきましたよね?」
「やっ、その、違うんスよ!俺は怪しいことは何も…」
「なら、何してたんですか?」
「いや、そのね、うちのマネージャーが…更衣室にでけぇ虫が出たっつって!助けを求めるもんだから!」
「……本当ですか?」

警備員はなおも疑わしげな目を俺に向けてくる。

くそお、俺はヒーローだぞ!
なんでこんな変質者みたいな扱いを受けなきゃならねぇんだ!!


「…本当です」


その時、更衣室のドアの内側からなまえの声がした。


「お騒がせしてすみません。彼の言っていることは本当です」
「…そうですか。それなら良かったです。疑ってすみませんでした」

なまえの証言のおかげで、警備員はあっさり引き下がってくれた。
警備員が去ったあと、なまえがドアから顔だけ出して悪戯っぽく笑った。


「これに懲りたら、女子更衣室は不可侵領域ですよ」
「…へいへい。俺が悪ぅございました」
「あと5分で出ますね!」


…ちょっとなまえをドギマギさせてやろうと企んだことで、まさか俺の方が窮地に立たされるとは。

なまえが支度を終えて出てくる前に、行きつけの店に席を予約するためポケットから携帯電話を取り出した。

 

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