いけない☆タイガーさん


「あー!つっかれた!!」


楽屋のソファーに虎徹さんが乱暴に腰を下ろすと、安っぽい革張りの座面がぎしりと音を立てた。
深い紺色のスーツと揃いのハットを外して髪を掻きあげると、背もたれに深く沈みこむ。
そのスーツ皺にしないでくださいね、と軽く声をかけると、気の抜けた返事が返ってきた。


「やっぱ苦手だわ、バラエティって」
「そうですか?良かっですよ」
「バニーは?」
「プロデューサーにご挨拶に行っています」


ふうんと生返事をしてアイパッチを剥がそうとした虎徹さんに、慌てて声をかける。


「それ、まだ取らないでくださいね。30分休憩したら、今度は雑誌のインタビューがあります」
「えー!まだやんの?俺もう疲れたんだけど」
「あと少しですから。それに、今日はこのまま直帰していいそうですし」


つい先日コンビを再結成した二人は、二部リーグ所属ながら時の人だ。
もちろん本職のヒーロー業がおろそかにならないよう調整はしているが、ひっきりなしに取材のオファーが入る。


「いやマジ、最近疲れやすくてさぁ。年かねぇ」
「ヒーローの癖に何言ってんですか。コーヒー買ってきます」
「ん、いや大丈夫。それよりさ、なまえちゃん」


軽く広げて座った脚の、自分の腿をぽんぽんと叩いて虎徹さんが口角を上げる。


「おじさん、こっちのがいいなあ」
「…楽屋なんですけど」
「だーいじょうぶ。な、ちょっとだけ」


甘えるように見上げる瞳は、私が断れないことを確信している。
虎徹さんに腕を引かれて、躊躇いがちにその膝を跨いでソファーに膝をついた。
向かい合う顔が悪戯な色を浮かべている。


「座んねーの?」
「だから、そのスーツ皺にしたくないんですってば」
「いいからいいから」
「ぎゃあ!」


腰を引き寄せられて、半ば強制的に虎徹さんの膝に座らせられる。
私のスーツのタイトスカートが限界まで広がって、それでも広がりきらない分がずり上がる。
露わになった太腿を隠そうとスカートの裾を引っ張ると、その手を虎徹さんに掴まれる。


「隠すなよー。おじさんへのサービスだと思って、な?」
「へ、変態!」
「なんとでも」


虎徹さんの左手が私の背中を、右手が顎を支える。
つい、と持ち上げられた先にアイパッチ越しの瞳と目が合って、心臓が跳ね上がる。
素顔は公私ともに見飽きるほど見ているし、アイパッチをつけた姿だって数え切れないほど見ている。
それなのに、こうして至近距離で見つめられると、そこにいるのが恋人である「虎徹さん」なのか、ヒーローである「ワイルドタイガー」なのかわからなくなってしまう。


「なあ、キスして」
「へっ…!?」
「なまえちゃんがキスしてくれたら、撮影頑張れそうなのになー」


そう言って目を細めて、少しだけ唇を尖らせる。
背中に回された虎徹さんの手は、優しく、でも確実に自分の方へ私の身体を引き寄せている。

ゆっくりと顔を寄せる、けれどアイパッチの向こうの目は閉じられない。
私が恥ずかしがりながら、躊躇いながら顔を近づける様を、じっと見つめている。
負けじと睨み返すと、肉食獣みたいな瞳が楽しそうに光った。

きれいに整った虎徹さんの鼻がぶつかる。
唇は、お互いの吐息がかかるほどに、もう、近い。
その唇が、ほとんど溜め息に近いくらいの声で、低く囁いた。


「なまえ…」


その声に誘われるように、虎徹さんの唇に自分の唇を重ねた。

乾いた、肉厚な唇が何度も角度を変えて擦り合わされる。
何度も、何度も。
その隙に、虎徹さんの舌が唇を割って入ってくる。
思わず、彼の首に自分の腕を回す。
舌を絡めるたび、頭の中に水音が響いた。
乾いていた虎徹さんの唇は、いつの間にか湿り気を帯びている。
深く、浅く、舌を吸いながら吐息を漏らすと、虎徹さんが喉の奥で笑う気配がした。

意図的に腰を押さえつけられる、その奥に燻ぶる熱を感じて、私も虎徹さんの上で腰を揺らす。
唇を重ねて舌を絡めながら、服の上からお互いの下半身を擦り合わせて、なんて、浅ましい。


「虎徹、さぁん…」


彼の名前を呼ぶ声は、自分でも驚くくらい鼻にかかって甘ったれている。
虎徹さんは、私の髪を掻きあげてその奥にある耳たぶに歯を立てた。


「今は、タイガーさん、だろ?」


ああ、いけないわこんなの。
彼は市民のヒーローで、わたしは彼のマネージャーで。
それなのに、楽屋でこんなことをして。
衣装さんから借りたスーツは皺になってない?
次の撮影まであとどのくらいなんだろう。
でも、そんなことどうでもよくなるくらい、頭のなかが熱くてたまらない。

その時、私たちを一気に現実に引き戻す音がした。


――――コンコン。

背後から突如響いたノックの音に、頭から冷水をかけられたように正気に戻る。
慌てて彼の膝から降りようとすると、逆にがっちり腰を掴まれてしまった。


「どうぞー」


気の抜けた声で虎徹さんが返事をする。
嘘、嘘!



「――何、してるんです」


私の耳に届いたのは、よく知る声だった。
ドアを背にしているから、バーナビーさんがどんな表情をしているかはわからない。
けれど、その声がとても不機嫌そうなことはすぐにわかった。


「んー、エネルギーチャージ?」
「どう見てもセクハラですよ」
「同意の上なのはセクハラっていわないの」


頭上で交わされる会話に、今度は羞恥心が湧きあがってくる。

どうしよう、バーナビーさんに絶対バカな女って思われた!
いくら恋人とは言え、仕事場でこんな破廉恥な行為に及ぶなんて!


「あと10分でメイクさんが来ますから、それまでに彼女、なんとかしてあげてください。耳まで真っ赤だ」
「へいへーい。バニー悪ぃけどさ、ちょーっとだけ席外してくんね?」
「言われなくてもそのつもりですよ。5分後にまた来ます」
「おう」


ぱたん、とドアが閉まる音がして、虎徹さんが今度は私に向かって言う。


「だってさ、なまえ。――お、マジで顔まっか」
「〜〜〜っ、ばか!!信じられない!!」
「っと!あぶね!」


振り上げた拳を難なく捕えられ、逆にキスを落とされてしまう。


「名残惜しいけど、続きはまたな?」
「うるさい!もう知らない!!」


恥ずかしいやら情けないやら、いろんな感情がごっちゃになって軽くパニック状態である。
突っぱねるように彼の膝から飛び降りて、部屋を出ようとノアノブに手をかけると背後から伸びた腕が開きかけたドアを閉じた。


「なまえ」
「何!!」


噛みつくように振り返ると、降ってきたのは優しい優しいキス。
舌を絡めるいやらしいキスでも、子供にするみたいなキスでもなくて、宝物を慈しむようなやさしい唇の感触に、尖っていた心がまるくなっていく。


「家帰ったら、覚悟しとけよ?」


優しいキスの後に放たれた言葉には、その裏に確かに獰猛な獣が息づいていて。

ああ、まったくほんとうに、この人には勝てない!




 

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