ビター・スィート・ベター


ヒーロー宛てに届いたファンレターやプレゼントは、一度事業部でチェックを受けてから本人たちに届けられる。
チェック、といっても、爆発物や危険物が混じっていないか、というその程度。

2月に入った頃から、その荷物は少しずつ量を増した。
それでもまあその量は想定の範囲内だったから、別段驚くほどでもない。
けれど10日を過ぎたころには毎日段ボール1箱以上、そして今日の14日には、ついに大量のダンボールが事業部にフリースペースとして置かれたテーブルを占領するまでになっていた。


「……すごいですね」


自分の口から出た言葉なのにびっくりするくらい抑揚がなくて、むしろそれに驚いた。
その大量の荷物の受け取り主は、若干苦々しい顔でそれを見つめている。
荷物の中身は言わなくてもわかる。チョコだ。バレンタインのチョコレート。
有名店の紙袋から自分でラッピングしたらしいものまで、色とりどりの包みが無造作に段ボール箱に放られていた。
いろんな、"好き"のかたち。それらを見てバーナビーが申し訳なさそうに言った。


「嬉しいですけど…申し訳ない気もしますね。こうしてたくさんのプレゼントを頂いても、どうしようもないんですから」
「しょうがないですよ。誰から送られたかわからない食品なんて、ヒーローの口に入れるわけにはいかないでしょう」


そう言って、私は彼にあらかじめ荷物と分けておいた小さめのダンボール箱を渡す。


「はい、こちらがプレゼント類から抜き取ったメッセージカードです。せめてこれだけでも、目を通してあげてください」


するとバーナビーは目を丸くした。


「…これ、貴女が?」
「そうですよ」
「こんなにたくさん、手作業で?」
「仕事ですから」


事もなげに言って笑う。
すると、バーナビーが何気なく言った。


「…貴女も誰かに?」


――その何気なさが、胸に刺さる。


「――さあ。私には縁のない行事ですし」


上手く笑えているかは、わからない。


…正直、あのプレゼントの贈り主たちがちょっと羨ましくもある。
たとえ彼の口に入らなくても、バーナビーのことを考えて品物を選んで、言葉を選んでメッセージカードを書いて、バーナビーがそれを読んでくれるところを夢想して。
私には、それができない。
私とバーナビーの距離は、何かを夢想するには近すぎる。
けれどもそれは決して甘いものではなくて、あくまでもビジネスライクな関係。
それでも、自分のロッカーの中でひっそりと息を潜めている紙袋の存在が、彼への想いを断ちきれないことを主張していた。

何のことはない、虎徹と同じものを何気なく渡して「いつもお世話になってます」の一言でも添えれば、バレンタインにチョコを渡したことにはなる。
けれども、私が彼に対して抱いている気持ちは、それでは納得してくれない。
いっそ、あの段ボール箱に紛れ込ませてしまえばよかったのか。
小さくため息をついて、デスクに向かった。


それからというものチョコレートを渡すタイミングがつかめなくて、ぐずぐずしているうちにあっという間に終業時刻になってしまった。
虎徹とバーナビーはトレーニングに出て直帰、今日はもう顔を合わせる予定がない。
ロッカーを開くと、いつでも取り出せる位置に鎮座している小さな紙袋が目に入って、なんとも言えない気持ちがこみ上げる。
かわいそうに貰い手のつかなかったチョコレートを、仕事用の大きめの鞄に突っ込んでオフィスを後にした。


さて、このチョコレートはどうやって処分しようか。
そんな事を考えながら歩いていたら、廊下に設置されたゴミ箱が目に入った。
鞄の中の手のひらサイズの紙袋を思い浮かべて――すぐに振り切る。
だめだめ、食べ物を捨てるなんて勿体ない。

でも、他の誰かにあげる気も自分で食べる気にもなれなかった。
だって、あのチョコレートは確かに彼のことを想って買ったもので。
売り場を何度も行ったり来たりして、彼の事を考えて、ばかみたいに悩んだ末に選んだものだ。
それを別の人の口に入れる気にはならない。

袋を鞄から出して、ゴミ箱の上に掲げる。
袋の持ち手を摘まんでいる、この指を少し開けば簡単に私の手から滑り落ちてしまう。
けれどそれができなくて。
逡巡していると、背後から声がかかった。


「――それ、捨てるんですか?」
「っひ!!」


背後に人がいるなんて全然気付かなかったのに、いきなり投げられた言葉に驚いて身体が竦んだ。
と、その拍子に指から離れていく紙袋。
あ、――落ちる、と思った瞬間、後ろから伸びた手がそれを捕まえていた。


「お…っと」


ゴミ箱に落ちる寸前でそれをキャッチした張本人が、笑って私に向き直った。


「落ちるのを受け止めるのは得意なんです、僕」


その笑顔が今は眩しくて、痛い。
どうしてここにいるの、という言葉は喉に貼りついて声にならなかった。
よりにもよって、チョコレートを渡せなかった張本人にチョコを捨てる現場を目撃されるなんて。

きまりが悪くて俯いていたら、再びバーナビーが言った。


「で、これ捨てるんですか?」


その言葉に、きゅうと唇を噛む。
…捨てようと、思ってたのよあなたが来るまでは。

するとバーナビーは紙袋と私を見比べて、思いもよらないことを言った。


「…もしよかったら、これ、僕にくれませんか」
「はぁ?」


決まりの悪さも体裁も忘れて、頓狂な声を上げる。
何言ってるのこの人、だってあんなにたくさんのチョコレートを、実際に食べないとはいえもらっていたくせに。


「だって勿体ないじゃないですか。それに、誰かのためにせっかく選んだんでしょう?」


誰かのために、という言葉にちくりと胸が痛んだ。
誰かのためじゃない、他ならないあなたのためなのだと――言えないのが、悔しい。

バレンタインの夜、会社のゴミ箱にチョコを捨てようとする女がひとり。
その説明だけで、どんな状況か簡単に想像がつくだろう。
あげたい人にチョコレートを渡せなかったこと、そしてそのチョコが本命チョコであること。
それらを見越して、きっと彼は同情しているのだ。
…貰い主が自分だなんて、思いもせずに。


「…別に、そんなので、よければ」
「ああ、本当ですか?ありがとうございます」


にっこり笑ってバーナビーは、――その場で紙袋のシールを剥がした。


「え!?っちょ、ここで!?――って、あ…!」


小さな紙袋の中からバーナビーの指が一枚のカードを摘み上げるのを見て、血の気が引いた。
バーナビーはそのカードを見て、不敵に笑っている。


「…やっぱり」


そのカードには、間違いなく私の筆跡で"To Barnaby"と書かれている。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
というか、泣きそうだ。

彼の顔が見られなくて下を向いていると、彼の爪先がこちらに歩み寄るのが見えた。
俯いたままの私の耳元でバーナビーが囁く。


「貴女ならきっとカードを入れてると思いました。…顔、上げてくれませんか」


黙って頭を振る。
無理だ、今どんな顔して彼を見ればいいかわからない。
すると、バーナビーの手が半ば強引に私の頭を上げさせた。


「…なんて顔してるんですか」


きっと酷い顔をしているに違いない。
恥ずかしくて、顔が熱くて、泣きそうで、でも貰ってもらえたのが嬉しくて。
私の顔を見てバーナビーが軽く吹き出した。


「だ、って、私…っ、やだ、もう」
「僕が通りかからなかったらどうする気だったんです?あのまま捨てるつもりだったんですか?…貴女の、気持ちごと」


ばかですね、と呟いてバーナビーの腕が私の背中に回った。


「…それで、返事は今?それとも一か月後?」


悪戯っぽく囁く声で、返事は八割がた確定したようなものだけれど。


「〜〜〜っ、今!」


そう言って彼を見上げると、言葉の代わりに唇が降ってきた。




 

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