ラブストーリーは突然に


「あ…終電なくなってた」


私のその一言で、理一さんの眉間に鬼のような皺が寄った。

理一さんは以前一緒に働いていた人で、大変お世話になったし尊敬している。
今は違う場所で勤務しているけれど、たまに集まって飲む間柄だ。

「どうしてもっと早く言わないんだ!」
「一応アラームかけてたんですよ〜。気づかなかったですけど」

私は都心から少し離れたところに住んでいるので、終電がやや早い。
友達と飲んでいる時も時々逃してしまうので、今回のことも特に重大事件だとは思っていないのだが、理一さんには気を遣わせてしまったらしい。

「大丈夫ですよ、このへんネットカフェいっぱいあるし。明日も仕事休みですしね」

けれど、理一さんは相変わらず怖い顔のままだ。

「女性が一人でそんなところに泊まって、何かあったらどうするんだ」
「何か…って、別に初めてじゃないし…」
「タクシー使ったらどうだ?」
「ちょっと遠いですよ」

車で1時間半くらいだろうか。
タクシーを使ったらいくらになるか、生憎そんなセレブじゃない。

「じゃあ、理一さんの家泊めてくださいよ」

冗談のつもりで笑いながら言うと、理一さんは一瞬驚いた顔をして、それから少し考えこんでから「…わかった」と言った。

「…え?本当に?」
「ネットカフェよりはましだろう」

私が何か言うより早く、理一さんは伝票を持って立ち上がった。
その後ろを追いかける形になる。

思いがけない展開に、正直ドキドキしていた。


◇ ◆ ◇ ◆


コンビニで、1泊分のクレンジングと化粧水のセットを買った。
これまで突発的なお泊りとは無縁な生き方をしていたので、まさか自分がこんなものを買う日が来るとは思わなかった。
歯ブラシと化粧ポーチがバッグに入っていたのは奇跡としか思えない。

理一さんの住まいは、都心からのアクセスがいい駅近くのマンションだった。

「官舎じゃないんですね」
「官舎は当番やら決まり事が多くて、単身者には厄介でね」

そう言ってドアを開けた。
すぐに人を入れられるあたり、普段からきれいにしているんだろうと思ったら、きれいというより物が少ない部屋だった。
生活感がない、というのだろうか。
普段から職場に泊まるのが当たり前で、あまり自宅には帰らないのかもしれない。
間取りは、たぶん1LDK?

「シャワー、使うだろう?先にどうぞ」
「じゃ、じゃあ…お借りします」
「寝間着は?」
「できれば、何か貸していただけると…」

ここまで甘えちゃっていいのかな、と思っていると、理一さんは寝室に消えていった。
そして持ってきたのは、迷彩柄のTシャツとジャージのハーフパンツだった。
寝間着でこれ?さすが自衛官というか何というか。
でも、この柄のシャツだったらノーブラでも透けないかもしれない。

「あとこれ、余計なお世話かもしれないけど。新品だけど、使っても使わなくてもどっちでも」

そう言って手渡してきたのは、ぱ…パンツ…!
袋に入っていて、一目で新品とわかる物だった。
ほうほう、理一さんはボクサー派ね…じゃなくて!

「す、すいません、こんなにも気を遣っていただいて…」
「いや。逆にセクハラだったらごめん」

しかし、一日履いた下着をお風呂上りにもう一度履くのは確かに嫌だった。
本当はさっきのコンビニでパンツも買いたかったけど、理一さんの前では買いにくかったのだ。
この際、ありがたくお借りすることにする。
しかし、パンツも迷彩柄なのか…


◇ ◆ ◇ ◆


「お風呂いただきましたー」

シャワーを借りてリビングでテレビを見ている理一さんに声をかけると、理一さんは私を振り返って、ぎょっとした顔になった。

「なんでジャージを履かないんだ!」
「ぶかぶかで履けなかったんですよ!」
「紐があるだろう!」
「ありませんでした!」

そう言ってハーフパンツを返すと、理一さんは渋い顔になった。
…私だって、恥ずかしかったよ。
でも、理一さんのシャツはお尻まですっぽり隠れる丈だし、ワンピースタイプの部屋着だと思えば思えないこともない。

「…お茶、冷蔵庫に入ってるから好きに飲んで」
「ありがとうございます」

ハーフパンツ論争にさっさとけりをつけて、理一さんはお風呂に行ってしまった。
私はリビングのソファーでお茶を飲みながら、このソファーが今夜の私のベッドになるんだろうな、と思っていた。

ところが、お風呂から上がってきた理一さんは予想外のことを言った。

「苗字をソファーで寝かせるわけないだろう」
「えっ」

理一さんが水気の残る髪をタオルで拭きながら言う。
普段はセットしている髪がラフに崩れて、しかも水も滴る良い男っぷりにドキドキしてしまう。

「俺がソファーでお前がベッドだ」
「そんなっ!押しかけてる立場ですし、私がソファーで寝ます」
「俺は仕事柄どんな場所でも寝られる。でも苗字はそうじゃないだろう」
「でも…」

居酒屋でしたような押し問答再び。
あの時と同じように、冗談めかして言ってしまったのが悪かった。

「じゃ、じゃあ、一緒に寝ます?」
「……は?」

途端に理一さんの声が低くなる。
…もしや、これは地雷を踏み抜いた予感?

理一さんはため息をつくと、私を閉じ込めるようにソファーの背もたれに手をついた。
至近距離で見つめられるて心臓が跳ね上がる。

「俺は構わないが、明日の朝まで何もなくいられると思っているのか?」
「…は、」

理一さんの声色は冗談じゃなかった。
まさか理一さんの口からそんな言葉が出てくるとは思わなくて、完全に思考がフリーズする。

「俺が、何とも思わない相手を家に泊めると思うか?そりゃあ、同期や同性の後輩が同じ状況だったら泊めるだろうが、お前は同期でも同性でもない」

理一さんがちらりと下を見る。
視線の先に、自分のむき出しの太ももがあることに気付いて今更ながら恥ずかしかった。
自分がいかに考えなしだったのか。
理一さんだって"オトコ"だったのだ。

「大人しくベッドで寝るなら今日は何もしないと約束しよう。でも、これ以上ごねるならもう我慢しないぞ。俺は別に、ベッドだろうがソファーだろうがどっちでもいいんだ」

かなり大胆なことを言われている気がするけど、もう何も言えない。

「どうする?」
「……ベッドで寝ます……」

そう絞り出すと、理一さんは無言で頷いた。
同時に理一さんの腕から解放されて、彼が隣に座る。
反射的にびくっと身を疎ませると、理一さんが苦笑した。

「…だから、ベッドで寝るなら何もしないからそんなに怯えるな」

こくこくと頷くものの、怯えるなと言われても無理でしょう。
理一さんは嫌いじゃないけど、むしろ好きだけど、そんな宣言されるとは思ってなかったんだから。

「…ね、寝ます」
「ああ、おやすみ」

フラフラとリビングを出て寝室に行くと、綺麗にベッドメイクされていた。
綺麗っていうか、自衛隊式?
自宅の毛布をこんな真四角に畳む人はじめて見た。
畳まれた角が直角だし。

モゾモゾとベッドに潜り込んで、寝ようとして気づく。

――さっき理一さん、"今日は"何もしないって言ったよね?

そのことに気づいてしまったらもう堪らなくて、その後もしばらく寝付けなかった。


 

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